logo
改善FMEA/FTA管理手法医療安全講習/教材  ご案内  注目記事
(1)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)

第2章 QC活動の目標設定

出張講習会

QCサークル活動の目標の意味を考えよう。

ただし、ここで考えるのは、改善目標に限定する。

〔注〕「管理目標」という概念もある。達成手段が既知で(または既に達成しており)、今後とも維持すべく指示した水準をいう(例えば、設計値、規格値)。このページで問題にするのは、「改善目標」の方である。
 → 読者からの反対意見


目次
データでモノを言え
1.願望との違い
2.日常用語の目標
1. 努力目標
2. マグレガー Y理論
3. P.F.ドラッカー
3.QC活動の目標
1. 古典的小集団
2. CAPDサイクル
3. 誤った指導
4. 学界の現状
 (加藤雄一郎氏)

→ 目次

データでモノを言え

4Hオンライン講習会

このページの結論は、次のようになる。


  1. 小集団(QCサークル)活動では、目標を設定してはならない(同旨、早大名誉教授:池澤辰夫氏:著書「品質管理べからず集」)。

  2. データに基づかない判断を勘(カン、intuition)という。

  3. カンで大きな成果を約束するなどの強気な態度をとることをハッタリ(bluff)という。

  4. QCの世界には「データでモノを言え」という格言があり、カンとハッタリで目標や計画を立ててはならない(data-and-fact-approach の原則)。

〔注〕方針管理のような大改善は失敗が許されないから、年度計画では成功を確信させるデータに基づく目標の設定が不可欠である。参照 → 年度方針・年度計画の立案

以下、この結論について、いろいろと考察してみよう。

→ 目次

 1.願望との違い

目標と願望が同じ意味ではないことを確認しよう。まず、日本語としての意味を小学館デジタル辞泉で確認する。

目標とは、

1. そこに行き着くように、またそこから外れないように目印とするもの。例:「島を目標にして東へ進む」

2. 射撃・攻撃などの対象。まと。例:「砲撃の目標になる」

3. 行動を進めるにあたって、実現・達成をめざす水準。例:「目標を達成する」、「月産五千台を目標とする」、「目標額」

QCサークルや方針管理で使われる目標の意味は、第3の意味である。

ここで問題なのは3.行動を進めるにあたって、実現・達成をめざす水準でいう「めざす水準」の意味は次のどれか、である。

以下、しばらく、この問題を論証しよう。

「1.島を目標にして東へ進む」
「東へ進む」ためには、そのための手段を持っていることが前提になっている。単に「東に進みたいという願望、必要性」があるだけでは進むことが出来ず、この例文は成り立たない。
「2.砲撃の目標になる」
「砲撃の目標になる」ためには、誰かが現実に砲撃手段を持っていることが前提になっている。砲撃手段がなければ、この例文は成り立たない。
「3.目標を達成する」
「目標を達成する」ためには、単なる願望ではなく、現実に目標を達成する手段を持っていることが前提になっている。達成手段がなければ、この例文は成り立たない。

第3の意味も、第1及び第2の意味からかけ離れてはならず、同様に類推すべきである。

すると、「船を持たない者は島を目標にできない」し、「適切な武器を持たない者は砲撃目標を設定できない」ことが明確になる。

手段を持たずに欲するのは、「ビジョン(願望)」であって、目標ではない。

米軍などは武器で狙う標的を "target" と呼ぶが、これを日本語で「目標」と翻訳するのが普通である。

以上を武器と目標に例えて図示すると、次のようになる。

標的

ここに、「手段なければ目標なし」との格言を作ることにしよう。

→ 目次

 2.使われている目標

1)努力目標

老人

普段、何かと目標の言葉を使いたがる人でも、次のようには言わない.

上のようなことは言わないが、そのような願望は持っている。つまり、願望と目標とは同じ意味には使われない。
 どこが違うか? 2つの場合が考えられる。

  1. 願望はあるが、手段(島をめざす船、軍隊の機関銃や大砲に相当)を持たず、全く見込みがないときは目標にしない。
  2. 今は手段を持たないが、努力すれば何とかなるかも知れないなら(目標ではなく)「努力目標」にする場合がある。

日常用語としての「目標」は、この後者の意味で使われるように見える。つまり「頑張れが何とかなりそうだから、これを目指して頑張ろう」という努力目標のことを「目標」と呼んでいるように思える。

この後者が、QCストーリーで「設定せよと」要求される目標なのだろうか? しかし、ここに問題がある。
 努力目標は日常用語ででって、専門用語としての「目標」ではない。

「手段を持たないが努力すれば何とかなるかも知れない」というのは、いわば、カン、ハッタリ、予言の類である。その場合の「目標達成率」は、預言が当たったかどうかの問題になってしまう。日常用語なら、それでも支障はない。しかし、品質管理は「データでモノをいう世界」であり、「努力目標」と「正式の目標」を同一に扱うのはムチャな話である。

「新工場を建設して売り上げを3倍にしたい。今は手段を持たないが、努力すれば何とかなりそうだから、何とか10億円の融資をお願いする」と銀行に努力目標を持ちかけて、相手にされるだろうか? つまり、この手の努力目標は、本人が心の中で個人的に設定するのは構わないが、他人に向かって公表できる性質のものではない。公表すれば「ハッタリ」になる。

日本規格協会のTQC用語辞典によれば、当初のQCストーリーには「目標の設定」はなかった。早大名誉教授:池澤辰夫著「品質管理べからず集」のQCストーリーにも目標の設定は含まれない。ところが、その後、目標が追加された。
 なぜ、「目標の設定」を追加したのだろうか?

→ 目次

2)マグレガーY理論

なぜ、「目標の設定」を追加したのだろうか?

これは心理学や行動科学の「D.マグレガーのY理論」という「やる気を起こさせるモチベーション理論」から来ているらしい。いかにも主観説らしく「心理的な方法で解決しようとする傾向」が見え見えである。

D.マグレガーのY理論から引用
マグレガー

人は自分が進んで身をゆだねた目標のためには自発的に働くものであり、条件次第では責任を引受けるばかりか、みずから進んで責任をとろうとし、企業内の問題を解決しようと比較的高度の想像力を駆使し、創意工夫をこらす能力をたいていの人はそなえている。

つまり強制されるのでなく、自分が進んで身をゆだねた目標には「やる気」や「責任感」が生まれ、創意工夫をこらして成し遂げようとするものだ、との考え方である。

このY理論の正誤を論じる能力を、筆者は持ち合わせていない。

しかし、QCストーリーは目標を強制しており、もはやY理論ではあり得ない。強制されるから「やむを得ず設定する目標」であって、「自分が進んで身をゆだねた目標」ではないからである。

要するに、こんな単純な矛盾にすら気づかない学者先生方が決めたものがQCストーリーの目標である。

→ 目次

3)ピーター・ドラッカー

ドラッカー

ユダヤ系オーストリア人経営学者として有名なピーター・ファーディナンド・ドラッカーは、全世界の経営者に「結果を決めてかかれ(Define what the results are.)」と指導し、一世を風靡した。

これは、「だらだらと成り行きに任せるのではなく、明確なビジョンを設定して経営を革新せよ」という意味に取れる。この思想は、→ 方針管理 において重要である。方針管理は、失敗が許されない、やり直しがきかない、一発勝負の大改善(プロジェクト、イニベーション)であって、目標の設定が不可欠である。

しかし、QC活動(QCサークル、小集団)は、「もう少し良くならないか」と、ちりも積もれば山となる、七転び八起の CAPDサイクル を繰り返して、小さな改善を手段が尽きるまで積み重ねる活動である。目標を設定して達成する一発勝負のピロジェクトではない。

要するに、経営革新に関するドラッカーの目標理論を学者先生方が誤ってQCストーリーに持ち込んだのである。

→ 目次

3. 小集団活動の目標

QC活動の進め方として、目標の設定をしないのが正しい。
 以下、この問題を詳しく説明する。

1) 古典的な小集団

古典的な小集団(QCサークル)活動では、QCストーリーに「目標の設定」というステップがある。しかし、これは次の理由により全くの間違いである。

  1. 前述のように、マグレガーY理論 の適用がない。
  2. 小集団活動のような小改善ではアイデアが尽きるまで CAPDサイクル を繰り返す。目標を達成するまで繰り返すのではない。
  3. QC活動では事前の研究がないから、手段を特定できず、目標の設定は不可能である(カンで設定すればハッタリになる)。

〔注〕早大名誉教授の池澤辰夫氏も、著書「品質管理べからず集」において、目標の設定がないQCストーリーを提唱している。

→ 目次

2) CAPDサイクル

小集団活動のような小改善は、失敗が許されるから、CAPDサイクル を繰り返して行う。すなわち、「失敗してもいいから、試しにやってみよう」を繰り返す活動である。

〔注〕
 1. 新企画の場合はPから始めるPDCAサイクルであるが、QC活動は現状の改善だから、Cから始まるCAPDサイクルになる。

2. 方針管理の研究段階で行う試行錯誤は、新企画としてPDCAサイクルの場合が多い。→ 開発段階のPDCAサイクル

QC改善における小改善は、目標を定めて達成する活動ではない。手段が尽きるまでCAPDサイクルを繰り返す活動だから、終わってみなければ成果は分からない。従って、小集団(QCサークル)活動では目標を設定しないのが正しい。

QC活動の正しいやり方は、次のようなCAPDサイクル<を繰り返す活動である。

〔注〕QCサークル活動で目標を設定できる唯一の例外は、普段の業務の中で試験的に対策を講じる等によって実現可能な手段を知っている場合である。

〔参照〕小改善と大改善の区別、「中改善」の有無について → 小改善と大改善の区別 を参照。

→ 目次

3) 誤った指導

小集団活動の目標の意味や設定の仕方について、50年前には20個ほどの学説があった。

なぜ、これほど多かったか? どの学者も主観説の立場であり、主観説である限りは正解が見つからないから、いろいろな意見に分かれたのである。

主観説とは、データによらず、心理的な操作によって管理改善を進めようとする立場であり、次のような特徴がある。

  1. 自分で立てた目標には、やる気と責任感を持ちやすいから、目標を設定させる(Y理論の誤解)。
  2. 努力すればできそうなレベルの少し上に目標を設定する。
  3. 褒めてやれば、やる気を起こすと考える(豚もおだてりゃ木に登る)。その結果、ウソ話を褒めることになる。
  4. 優秀なサークルに賞金を与える(馬の鼻先に人参)。その結果、ウソ話が上手なサークルが賞金を受け取る。
  5. 予言力がなければできないような活動を要求する(目標の設定、活動計画)。

現在の学説の動向はよく分からない。そこで、比較的最近の著作から引用して吟味しよう。
 これも主観説である。

細谷氏の写真

日科技連:細谷克也氏から引用

グループの成長のためにも、努力してつぶせる、少し高い目標を設定します。

目標設定には、次の3要素を必ず入れて目標を明確に表現することが重要です。

担当者はできそうな範囲で、目標を設定する傾向にあります。

個人又はグループの成長のために、やや高めの「挑戦的な目標」になるように誘導します。

「努力してつぶせる、少し高い目標」は、将来を見通せり預言者でなければ知り得ない。事前に深く研究している訳ではないから、「どのような成果をいつまで出せるか、事前に発表せよ」との要求は、途方もなくムリな要求である。

この「途方もなくムリな要求」をどうクリヤすればよいか? そう、ウソ話を作る以外にない。

品質管理は「データでモノをいう世界」である。「できそうな範囲」とか「やや高め」のようなカンに頼った予言競争は廃止しなければならない。

→ 目次

4)学界の状況

指導的立場にあるべき研究者の見解はどうか?

 加藤雄一郎氏

加藤雄一郎氏(名古屋工大教授)の見解を拝見しよう。彼は、理想追求型QCストーリーの確立に向けてと題して、2012.8 JSQCニューズで目標について触れている。

それによると、目標の上には目的があるという。以下、引用する。

加藤雄一郎氏から引用
加藤教授の写真

目標の上には目的がある。

『三人のレンガ積み』というお話に出会いました。ヒントは目標と目的の関係にありました。目標の上には目的がある、目的さえあれば、次の目標は自ずと生まれる。

この大原則が、『目的に基づく新規目標の継続的創造』に主眼を置いた理想追求型QCストーリーの根幹となっています。

この解説に接して、「サッパリ分からん」と思う人が多いと思うが、筆者にもチンプカンプンである。まず、彼の「目標」とは、理想、つまり願望・ビジョン・ニーズである。この第一歩に間違いがある。

そこで、どのような願望を持てばよいか分からないときは、目的を思い出せというのである。目的が分かれば、何が欲しいかすぐに分かる。ただ、これだけのこととしか理解できない。これが大学の学者だとは、何とも情けない話である。
 「目的が分かれば目標も分かる」などの議論は、単なる言葉の遊びであって実質的な中身は空洞だ。それは、次の思考実験で明白。

いま、工程に慢性不良が発生している。理想は何か? 不良ゼロが理想かどうかは、にわかに分からない。なぜなら、無出費で実現可能なら不良ゼロでよいが、何億円もかかる場合もある。
 例えば、今の製造工程をそっくり作り替えないと「不良ゼロ」にはならい。工場の建物も機械も全部新設するには5億円かかる。しかし、現在のままだと年額100万円の不良損失で済む。

さて、理想、ありたい姿 は何だろうか? 「不良ゼロ」がそうだとは言えない。

では、目的を考えよう。目的は「低コスト、短納期で、不良を少なくすること」である(QDC一体管理)。それで? 目標は自ずと生まれたか?

「目標」を説明するのに、理想追究とか、目的が分かれば目標は自ずと生まれるなどの主張は、無益な言葉遊びである。QC活動に、このような言葉遊びを持ち込んではならない。

(以上)
→ 目次


All rights reserved.
© 客観説TQM研究所 鵜沼 崇郎