このページで述べること。
QCストーリーは、QCサークルのために用意された手順ではない。
→ QCサークル用の手順ではない
→ QCストーリーは使うな
以上を理解するため、誤った指導を受けた福祉QCサークルの事例を検討しよう。
QC活動、および、発表について学ぶには、事例を吟味して、どこがまずいか具体的に検討するのが近道である。
正しい活動・発表手順は→ 第4章を参照して下さい。
〔このページで検討する事例〕
宮城県舟形コロニー
職場:とがくら園
サークル名:「千両・万両」
テーマ:「身だしなみを整えよう」
宮城県社会福祉協会の「福祉QCサークル活動推進本部」から入手した「2010年度:福祉QC活動事例集」から適宜選んで解説します。
事例集を拝見すると、非常に分りやすく記述・編集されているため、QCサークル活動の基本的な点で誤った指導を受けている状況が浮き彫りになっています。
このページは、福祉QC活動の進め方を改めようと検討しつつある方にとって有益な情報を提供できるはずです。
福祉QCを実際にやらされている方の 現場の声を拝見してから、以下をお読み下さい。
テーマ:「身だしなみを整えよう」
~いつも身ぎれいな人でいよう~
問題点が2つある。
誰の身だしなみを問題にしているのだろうか?
施設で世話を受ける利用者の身だしなみか、それとも世話をする職員の身だしなみか?
前者であることが、あとで分かる。
改善する特性は、何だろうか?
改善にもいろいろあるが、品質管理でいう改善は、QC手法で表現できる 特性値 の改善である。
「身だしなみがよくなった」というのでは数値的な扱いができず(特性値のグラフを描くこともできず)、QC手法の対象にならない。
あとで分かるが、このテーマの趣旨は「汚れた衣服の利用者をなくそう」ということである。そのようなテーマ名であったなら、「身だしなみの悪い利用者の数」が特性だな、と推定がつくのですが。
テーマ選定マトリックス
(◎5点 ○3点 △1点) 評価項目
取り上げた問題点 施 設 方 針 重 要 度 緊 急 性 可 能 性 効 果 期 待 活 動 計 画 相 乗 積 順 位食事時間が忙しい ○ ○ ○ ○ △ △ 81 5 水分補給 ◎ ◎ ○ ◎ ○ △ 1125 3 排泄・便秘対策 ◎ ◎ ○ ○ ◎ ○ 3375 2 利用者の身だしなみ ◎ ◎ ○ ◎ ◎ ◎ 9375 1 余暇の過ごし方 ◎ ◎ ○ △ ○ ○ 675 4
問題点が2つある。
上の「テーマ選定マトリックス」を見ると、大きなカン違いをしている。選定するのは「発表テーマ」であって「活動テーマ」ではない。
QC活動では(活動テーマを1個だけ選ぶという意味の)活動テーマの選定をしてはならない。
例えば、長男と次男と三男の3人の子を持つ母親の行動を見れば分かる。
母親は、誰を病院に連れて行くか、活動テーマを選定するだろうか?
日常管理では、テーマを1個選んで、それに掛かりっ切りで他を放置する~ということはしない。
職場には、普通「問題が1個しかない」ということはない。「この点はもう少し良くならないか?」、「あの点はもう少し良くならないか?」と考えれば、問題はいくらでもある。
すると、「このテーマにはこういう改善方法があるのでは?」、「あのテーマにはあの手がありそうだ」という具合に、手を付けられるテーマが複数あるのが普通である。
着手できる活動テーマが5個あるのに、1個だけ選定して残りを長期間にわたって放置するのは日常管理では許されない。
上に述べた3人の子供のうち、一番大変だったケースを話してくれと言われたら、「それなら、次男の場合だわ」と1個だけ選定することになる。
つまり、発表テーマの選定である。
QC活動の発表は、相互啓蒙(相互に学び合う)を目的とする。
従って、発表会向けに相互啓蒙に適する発表テーマを過去のいくつかの実績の中から1個だけ選定して、発表テーマの選定理由を簡単に述べなければならない。
例えば、
1. こういう点が勉強になりました。
2. こういう点が皆様の参考になればと思いました。
3. こういう点で困っていますので、助言をお願いします。
4. この考えが間違いだと納得しました。
上の「活動計画と実績」なるものは、発表の直前に体裁のためにでっち上げたものと思われる。
活動計画は、立つはずがないから立ててはならない。
もし、ここで発表している内容が真実であるとしたら、対策Aを打ってもダメかも知れない、対策Bを追加しても不十分かも知れない、どういうコースをたどって何日かかるか想像もつかないはずである。
最初から最後まで活動計画が立ち、ほぼ計画通りに進み、対策Aも対策Bも成功して目標を達成できた~というなら、それは次のいずれかである。
小集団活動は、小改善であって、次のようなCAPDサイクルを手段が尽きるまで繰り返す活動であり、先々のことはやってみなければ分からない活動である。
このCAPDサイクルを手段が尽きるまで繰り返すのあって、計画通りに行うのでもなければ目標達成まで続けるのでもない。根拠もなしに予め目標や計画を立ててもムダである。
7日間調べたところ、次の通りであった。
現状把握で分ったこと:
職員の多くは、利用者の「身だしなみ」について常に何らかの問題意識を持っている。
そのうち大きなウエイトを持つのは「衣類の汚れ」と「服装のセンス」であった。
「衣類の汚れ」の原因は、「飲み物のシミ」と「食べこぼし」がほとんどである。
衣服の在庫を調べると、古くなった、破れている、季節ごとの衣服がない、等の問題があった。
「職員が何を問題視しているか」を改善するのではない。従って、これを把握しても現状把握にはならない。次の把握が必要である。
改善しようとしている特性値は「汚れた衣服の利用者の数」である。
特性値の「平均値とバラツキ」が、現在どのような結果になっているか、~これが現状の結果である。しかし、上の発表には、これが全く示されていない。
1. グラフから何が分かったか?
どのグラフも「調べてみたらこうだった」とデータの結果を示すだけである。
2. グラフがこうだったから、従って何をするのか?
どのグラフからも、今後どうするのか、方針が示されていない。
中央の円グラフをみると、「靴と靴下」が51%で最も問題が多いのに、なぜ、8%でしかない衣服の汚れを改善するのか?
両方やればよいと思われるが、極めて不思議な活動である。おそらく、活動テーマは1個選べと、誤った指導を受けたと思われる。
現状の結果を7日間調べたのだから、この7個のデータを平均値とバラツキが分かるように時系列折れ線グラフに表すのが最も好ましい。
バラツキを知る主な目的は、2つある。
1. バラツキの状態により、原因を推測できる場合がある。
2. 改善効果を判定する際に、バラツキを超えた大きい変化であることを確認する必要がある(バラツキの範囲内の変化は改善効果ではない)。
改善前のバラツキが小さい場合は、わずかな効果でも「効果あり」と判定できる(下図)。
反対に、改善前のバラツキが大きい場合は、「効果あり」と判定するには大きな変化が必要となる(下図)。
特に良くないのは、パレート図である。
なぜなら、汚れは全て排除するべきであり、日常管理に重点管理は適当でないからである。「重点管理をせよ」という誤った指導が行われたため、そのように装ったのかも知れない。
重点管理がよくないことを示す事例 → 重点管理は誤り
目標の設定を行ってはてはならない。主な理由は2つある。
1. 目標を達成するまで続ける活動ではない。
QCサークル(小集団)活動は、CAPDサイクルを繰り返して「手段が尽きるまで」小改善を積み重ねる活動であって、目標を達成するまで続ける活動ではない。
目標を設定するのは、入念に研究して成功の手段を明らかにして一発で成功という「一発勝負」の改善活動の場合である。
2. 目標は立たない。
どういう目標なら立つのか、実験などのデータが必要である。データもないのにカンで「こういう結果にする」と発表することを「ハッタリ」と呼び、品質管理では厳禁である。
→ データでモノを言え
「目標を立てることは不可能だ」と言うと「現に立てたではないか」と反論されるかも知れない。しかし、それは目標ではなく願望(ビジョン)である。
→ 目標と願望の違い
次のように、本番の前に実験をしてデータを得た場合は、目標を設定することができる。
慎重に研究を重ね、次のことが分かった。
投資対効果を考えて、対策AとBのみを実施することにした。この場合、30万円で、50%+50%×0.1=55%の改善効果が得られるはずなので、次の目標が立つ。
|
本件のテーマでは、「こうすればこうなる」というデータ的根拠がないままにカンで立てているから、目標を設定したことにはならない。
QCサークルの活動は失敗が許される小改善であって、失敗が許されない大改善と区別しなければならない。小改善では、通常、目標を設定しない。
→ 大改善と小改善の区別
〔筆者注〕文字が小さくて読めないことは気にしなくてよい。
次のうち、重要な4つの要因について対策を講ずることになった。
上の図は、本件の発表で使用された特性要因図である。文字は読めないが、ここでは「要因が多数列挙された特性要因図」であることが分かれば十分である。
これは、発表の体裁作りの目的で作成した見せかけの特性要因図(ウソ話)である。
対策を打つべき「4つの要因」は特性要因図を描いても判明しないのであって、普段の仕事の中で気づいたものである。すなわち、最初からこれら「4つの要因」しか頭になく、他の要因は発表の体裁のためにつけ足したものである。
従って、正直に特性要因図を作るなら、次のようになる。ただし、正しい特性要因図かどうかは別問題である。
しかし、正直ではあるが、これで正しい特性要因図(この後に示す)になった訳ではない。
特性要因図の大枝の項目は、次の5Mでなければならない。
5M | 意味 | 本件の場合 |
---|---|---|
材料 | 処理を受けるもの | 汚れた衣服の利用者 |
人 | 処理に関わる者の性別・年齢・身長・体重・資格・身分・熟練度など | 職員 |
機械 | 使用する設備・道具・建物など | なし |
方法 | 作業や管理の手順 | 衣服の「購入」や「洗濯」の時期や手順など |
測定 | 要求事項・処理中・処理後の点検 | 利用者の服装の基準、点検基準、記録様式など |
濱田金男氏 (高崎ものづくり技術研究所)は、次のように説明している。
誤りを指摘せよ。
5Mの「人」は次のようなのをいう。
- 作業のバラつき
- ポカミス
- 指示違反
- 手作業による異物付着
- 個人差
1.「作業のバラつき」は、作業方法の問題であり「方法」の問題である。
2.「ポカミス」は原因であって、5M事項ではない。ポカミスで作業を間違えれば「方法」の問題となる。
3.「指示違反」も原因であって、指示に違反した材料を使用すれば「材料」の問題となる。
4.「手作業による異物付着」も原因であって、その手作業が指示に違反した物であれば「方法」の問題である。
5.「個人差」も原因であって、作業に個人差があるなら作業の「方法」の問題である。
下の表のように実施した。期限は全て10/23。
要因 目標 方法 担当 場所 職員 清潔意識が低い 汚れた衣服を交換 毎日定時にチェック 日直者 居室 利用者 汚れても平気 汚れを伝える 交換後,汚れ部分を教える 勤務職員 居室 環境 清潔な衣服が不足 買いに行く センスある衣服を買う 私物係,担当職員 ショッピングセンター等 方法 マニュアルなし マニュアルを作成 F職員で検討 F職員 スタッフルーム
表を詳細に読んでも分かりにくいので、対策を記述した「方法」の欄を縦に見て行こう。ここに対策が書かれている。
衣服の汚れを改善するには、「点検・交換」と「在庫管理」、それに「担当者」を決めるしかなく、最初からこれら3つを疑わしい要因としていたことは明らかである。故に、正しい特性要因図は、次のようになる。
結局のところ、母親が毎日子供の衣服を点検し、汚れていたら交換して洗濯をし、在庫がなくなったら買ってくるのと同じであって、これは普通の家庭、普通の病院、普通の福祉施設が行っている普通の業務であって改善活動ではない。
「改善でなければ何だ?」と訊かれれば、「従来、やるべき当然の業務を手抜きしていた」が、これを「普通の状態にした」~というだけのことである。「普通の業務」を改善のように見せかけることにQCストーリーを利用した典型的な事例である。
この活動を「改善活動」とするためには、今回の対策を第一弾として、続いて第二弾,第三弾~と手を打って行けばよい(=CAPDサイクル)。第一弾で終わりだから普通の業務でしかなく、改善とは言えないのである。
- 目標50%減に対し、効果は65%。→ 目標を達成
- 改善前後のパレート図の比較
- 改善前後の円グラフの比較
〔注〕筆者が図を省略。
QCサークル活動は目標を達成する活動ではなく、目標達成率で評価してはならない。
手段が尽きるまでCDPAを繰り返す活動である。
正しくは、効果の大きさを問う前に、まず、「効果があったかどうか」を説明しなければならない。
それには、バラツキの大きさと改善効果の大きさを比較して、「バラツキを超える大きな変化があった」ことを説明しなければならない。〔参照〕→ 推奨事項2
「効果があった」のであれば、次に、「効果の大きさ」を評価する。改善前のデータから、従来は、
の汚れがあったのが、
に削減された。つまり、改善効果は、62件 → 24件である。
全て点検して交換すれば62件解消してゼロとなるはずなのに、現実は60%しか削減できず、40%(24件)も汚れた衣服の利用者がいる。それは「なぜなのか?」を考察し、説明すべきである。
そして、もう少し良くならないか、次の手(第2弾)を考えねばならない。すなわち、2回目のCAPDサイクルがないことが、実は、この活動の致命的な欠点なのである。
以上の解説を踏まえて、この活動事例をどのように発表したらよいか考えてみよう。
「利用者の方々の身だしなみの改善」
私達は、衣服が汚れている施設利用者の方々が多いように感じています。従来、利用者の身だしなみについて、次のような問題を見て見ぬふりをしてきたように思います。
そこで、これらの問題を解決しようと思いました。 |
過去の活動テーマはこの一件しかないので、発表テーマの選定は出来ませんでした。しかし、活動を通じて次のような点を学びました。 学んだ点1.利用者の方々の身だしなみが良くなると、私達、職員の気持ちもすっきりしてストレスが減りました。 2.一度の改善で満足してしまい、成果不足でした。「もう少し良くならないか」という問題意思を持って、第2弾、第3弾とサイクル回すことが大切だと気付きました。 |
結果の現状次のグラフは、衣服汚れの人数を7日間調べた結果です。次のように読み取ることができます。
管理の現状普段の仕事の中で衣服の問題点は分かっていましたが、各自が個人的に分かっているというだけで、正式な点検ではありませんでした。また、問題があれば取り換える決まりもなく、在庫の確認も正式ではありませんでした。 |
上の現状の把握から、改善すべき要因は次の3つです。
そこで、これらを疑わしい要因として挙げることにしました。 |
|
改善後の7日間の結果は、次のようでした。
|
以上の対策を「利用者衣服管理規定」にまとめ、施設の長に届け出て承認を得ました。 |
大きな効果が出たので、私達は以上をもって一見落着だと思っていました。しかし、コンサルタントの先生から指摘がありました。
そこで私達は、現在、次3点の改善を検討中です。
これまでは1つの問題にしか取り組まなかったため、発表テーマの在庫がなく、選ぶことが出来ませんでした。 今後はアイデアを思いついた、いくつかの問題に同時に取り組んで、発表テーマの在庫を作って、発表テーマの選定ができるようにしたいと考えています。 |