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ヒヤリハット,インシデント, アクシデント

医療、福祉、産業の分野での誤解と形骸化を防ぐため、ヒヤリハットの目的、ハインリッヒの法則、インシデントとアクシデントの区別、影響度レベル、沈黙インシデント、IEAなど、考え方の基礎を学習しよう。


目次
はじめに
ヒヤリハットの目的
*誤解  *歴史  *反省
ハインリッヒの法則
日本流の誤り
1. 報告の対象
1-1.アクシデント
・藤田医科大学病院
1-2.インシデント
・インシデントの例
・軽い側の境界
・アクシデント境界
・抽象的危険
1-3.ヒヤリハット
・沈黙インシデント
・認識アクシデント
・Resilient Medical
1-4.影響度レベル
1-5.間違いの始まり
・国立大学病院
・コトバンクの定義
・Heinrich三角誤解
・想定される反論
・鹿児島県医師会
・有名病院の比較表
・誤った経緯
2. ヒヤリハット制度
2-1.制度の概要
・危険予知訓練
・届出の報奨金制度
2-2.Incident Score
2-3.可能性の削減
・保育園の事例
3. CAPDサイクル
3-1.CAPDの概要
3-2.効果の確認
・2つの方法
・多数の異常事象
3-3.10点HHT対策
・ポカヨケ
・冗長設計
・フェールセーフ
3-4.薬局の事例
4. IEA分析
4-1.概要
・意味  ・考え方
4-2.FMEAの応用
4-3.IEAの具体例
・薬剤の間違い
・最悪の事態 S
・危険指数RI
・是正後の評価
・累積不合格RI

→ 目次

はじめに

まずは小手調べに、練習問題を出そう。

第1問 脚立(きゃたつ)に上った人が倒れてコンクリの床に転げ落ちたが、ほとんど無傷であった。これは、インシデント、アクシデントのどれに該当するか。

従来、病院等の「影響度レベル」に馴染んだ多くの人は、「無傷だったのだから、インシデントだ」と答えるかも知れない。また、ハインリッヒの三角形の「300」をインシデントだと習った人も同様である。

〔正解〕→ 通常なら重傷を負うと想定されるケースだから(現実には無傷であっても)アクシデントである。〔参照〕→ 脚立からの落下

第2問 2台の自動車がかなりのスピードで正面衝突した。当然、死傷者が出ると思われたが、一人は重傷で、もう一人は無傷であった。この場合は、それぞれ、どれに該当するか。
 重傷者はアクシデント、無傷の人はインシデントとなるのだろうか?

〔正解〕→ いずれもアクシデントである。負傷したかどうかではなく、「負傷の恐れがあったかどうか」(想定被害)を基準とするのが正しい。

日本では50年ほど前から、事故の発生頻度を減らすヒヤリハット活動が多くの医療・福祉関係や生産工場で行われるようになった。しかし、有効に進めている組織もあれば、誤った指導を受けて形骸化した組織もある。今一度、見直そう。

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0-1. ヒヤリハットの目的

医療分野でのヒヤリハット制度の目的の誤解は、以下のように要約することができる。

 誤解

一般に行われる「ハインリッヒの法則」の教習では、次のように教わる。

ハインリッヒという人の調査によると、ある事業所における330件の事件のうちら、1件が重症で、29件が軽症で、残り300件は無傷であった。1件の重症の背景に無数の軽症や無傷が前兆として横たわっている。従って、無傷のインシデント(300件)を放置せずにヒヤリハットとして集計して、軽症のアクシデント(29件)と同様に対策を講じなければならない。

以下、ここに潜む誤解を解説しよう。

1.「ハインリッヒの法則の300件」をヒヤリハット、またはインシデントとする誤解がある(下図)。正しくは300件もアクシデントであり、重症が想定されるから300件+29件=329件がヒヤリハットである。

300件のみをヒヤリハットとする誤解
誤ったハインリッヒ図

2.「実害がなかったときだけがヒヤリハットだ」とする誤解

医療の分野で、例えば、看護師Aが患者に誤った薬を与えて病状が少し悪化したが、別の看護師Bが気づいて医師を呼んで治療したため、さらなる悪化を免れたときは、実害があったからヒヤリハットではない とする誤解がある。正しくは、さらなる悪化が想定されるからヒヤリハットである。

3.「影響度レベル」=職務分掌とする誤解
 医療分野では、「医師が関与する必要のない場合がインシデント、かつヒヤリハットであり、医師が関与する必要がある場合をアクシデントとする」 と誤解するケースが多い。これは現在多くの病院等で採用している「影響度レベル」に現れている。

以下、現状を分析して、正しいヒヤリハット制度への道しるべとしよう。

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 歴史的な意義

ヒヤリハット運動は元来、その名が示すように、「ヒヤリ」「ハッ」としたことをそのまま放置せずに表面化して、必要な予防策を講じようという思想に基づく。

具体的にいうと、事故が起きそうになったが、危うく事故にならずに済んだときに、この体験を組織の担当部署に届け出て、対策を講ずる運動である。

つまり歴史的には、「ヒヤリ」「ハッ」としたが事故に至らなかったケースをヒヤリハットと呼んだことは事実である。

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 反省事項

事故に至ったときでも実害よりも重い被害が想定されるなら想定被害に見合った対策が要請されるべきであって、現代的には実害の有無・程度を問題とせずに 運が悪ければ被ったかも知れない想定被害 に着目して対策を講ずる運動であると理解すべきある。

軽傷を負った場合で運が悪ければ死亡したかも知れなかったときは、ヒヤリハットとみなして想定被害(=死亡)にふさわしい対策を行うべきである。実害が軽傷であっても、想定被害が重症なら重症にふさわしい対策を講じなければならない。

患者に誤った薬を服用させ容態が悪化した場合、早期に誤りに気づいて処置したために実害は少なかったが、気づかなければ死亡したかも知れないときは、想定被害(=死亡)にふさわしい対策が必要になる。従って、現代的なヒヤリハット運動は「ヒヤリ」「ハッ」としたかに関係なく、想定被害を予防することにある。

以上から、誤った医療行為・状態が発見されたときは、実害と想定被害を同時に(同じ用紙に記載して)届ける方式にしなければならない。

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0-2. ハインリッヒの法則

1930年頃、米国の保険会社に勤務していたハーバード・ウイリアム・ハインリッヒが、労災事故の発生確率を調査して、いわゆるハインリッヒの法則を発表した。

ハインリッヒの法則

その内容は、図に示すように、1件の重症事故の背景に29件の軽傷の事故と、300件の傷害に至らない前触れ事故があるというものである。

この図にある ”1+29+300=330件” は同一人に生じた「類似の事故」についての割合を示したもので、無障害を含めて全てが事故(アクシデント:accident)である。

つまり、運が悪ければ重傷を負いかねない「似たような事故」が330件起きて、そのうち300件が無傷、29件が軽傷、1件が重傷だったということである。

米国では、事故に至る前の前触れ事件のことを "incident" と呼び、実際の障害の有無を問わずに実害が想定される場合を事故 "accident" と呼ぶ。ハインリッヒの300件は無障害の事故(アクシデント)であって、インシデントではない。

また、無傷や軽い処置で済んだときに限ってヒヤリハットとして扱うのも誤りである。

医療でいえば、看護師Aが患者に誤った薬を支給して病状が悪化したが、たまたま医師が異変に気づいて治療し、さらなる悪化をせずに済んだが、運が悪ければ死亡したかも知れなかった場合に、「濃厚な処置であったからヒヤリハットではない」として放置するのは不合理である。

自動車が電柱に衝突して大破しても、運転者はほぼ無傷ということがある。これを「無傷だからインシデント」だとする誤りが流行している。

下に示すレジリエント・メディカルの例がそれである。無傷であってもアクシデントとするのが正しい。さもないと、真のインシデントがヒヤリハット運動から漏れてしまうからである。

レジリエント・メディカルから引用
ハインリッヒの法則

〔参照〕ハインリッヒの300件を「ヒヤリハット」、「インシデント」とする誤りが「影響度レベル表」の誤りを導いた経緯:→ 誤った経緯

この旨を報告した研究者の文献:ダウンロード → 田口豊郁氏の論文

ハインリッヒの法則の着眼点は、次の3つである。

  1. 全てが同一人に生じた事故による実被害である。
  2. 全てが類似の事故であって、29件の軽症も300件の無傷も、想定被害が重症である以上、ヒャリハットである。
  3. 全てが起きてしまった事故("accident")であり、"incident" を含まない。

順に説明しよう。

1) 同一人に生じた事故
 一般の人々に生じた雑多な事故なら、1:29:300 の割合は、「危険な仕事」:「中程度の仕事」:「危険の少ない仕事」に従事している人数の割合を示す意味になってしまう。

正しくは、「同一人に生じた事故」である。それ故に、300件の無障害の事故が軽症や重症の「前兆」であることを証明する意味を持つ。

2) 類似の事故
 もし、小さな事故や大きな事故を全部含めた場合なら、1:29:300 は安全な仕事と危険な仕事の割合を示すことになる。

正しくは、いずれも重傷を負う可能性にある類似の事故である。だからこそ、300件や29件が1件の重症の前兆になることが示される。

3) 起きてしまった事故
 無障害を含めて、全てが現に生じたアクシデント(事故 "accident" )である。

ハインリッヒの法則を示す三角形は、事故になり損ねたインシデント( "incident" )は含まれない。"incident" はこの他に無数に起きており、"accident" の前兆になっている。

以上に従ってハインリッヒの三角形を正しくヒヤリハットとの関連で示せば、下の図のようになる。

ハインリッヒ三角形とヒヤリハット(正)
正しいヒヤリハットハ

軽症の29件も無傷の300件も、 運が悪ければ被ったかも知れない重症という想定被害が存在するから、アクシデントであると同時にヒヤリハットの扱いにするのが正しい。

新幹線の台車に亀裂が生じたが、脱線・転覆に至らなかった事件があったが、異常は起きたが事故は起きていないからインシデントである(国土交通省も重大インシデントとして扱っている)。

以上が本来のハインリッヒの法則である。

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0-3. 日本流の誤り

日本では、インシデント、アクシデントというカタカナ単語を英語の ”incident”、”accident” とは異なる意味に用いていることが多い。特に医療の分野で、実被害を伴う場合を「アクシデント」と、伴わないか極めて軽い障害の場合を「インシデント」と呼んで、用語を間違って使用することが多い。

事故であっても実被害がゼロ、または軽微の場合をインシデントと定義し、インシデントの全てをヒヤリハットと定義する誤解が一般化している。

例えば、看護師Aが間違った医療行為を実行し、それに看護師Bが気づいて医師を呼んで濃厚な処置をしたため、死亡のおそれがあったものを防いだというケースを考えよう。 濃厚な治療を要したからヒヤリハットではない、として再発防止策を放置するのは明らかに不合理である。

また、天井から重量物が落下したが幸運にも人がいなかったため誰も負傷しなかった場合、 実被害がないとの理由でインシデントとする のも不合理である。これは負傷の恐れという想定被害があったからアクシデントである。また、落下時に目撃者がなく、誰も「ヒヤリ」としなかった場合でも、想定被害が存在する以上はヒヤリハットとして扱わねばならない。

このページでは、以上のような問題を検討する。

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1. 報告の対象

以下に説明するアクシデント、インシデント、ヒヤリハット等の事象の区別は、届け出人が行う必要はなく、専門の事務局等が分類すればよい。

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1-1 アクシデント

「アクシデント」とは、医療機関の治療を要とする障害を受ける恐れのある、現実に生じた事象をいう。

アクシデントは、全て、安全管理者(安全委員会等)への報告の対象となる。

自動車-電柱

死亡または治療を要する障害になった場合の他、現に負傷を負わなかったときでも、負傷の恐れ(想定被害)があった以上はアクシデントである。

〔例〕 自動車が電柱に衝突したが、人は運転手一人で奇跡的にほぼ無傷であった →  (運が悪ければ死亡、重症の可能性あり)→  アクシデントであり、ヒヤリハットである。

→ 目次
  

 藤田医科大学病院

事例を吟味しよう。

藤田医科大学病院から引用

アクシデント:
  患者に濃厚な処置や治療を必要とした場合や、永続的な障害や後遺症を生じた場合をいう。当院のアクシデントとは、患者影響度レベル3bから5までをいう。

実害の程度によってアクシデントを定義し、想定被害を無視する点で、(ヒヤリハット制度のアクシデントとしては)間違いである。

この定義だと、たとえ運が悪ければ死亡しかねない場合ですら、現にスリキズで済めばアクシデントではない扱いである。こうなってしまうのは、「スリキズならであれば医師の関与は不要だから」という職務分掌と混同した結果である。

心臓手術の最中に停電があって自家発電に切り換えようとしたが、故障して発電できなかったケースを考える。手術はほぼ終わりかけていたので、何とか切り抜けた」という場合に、自家発電機の故障は人命を損なう恐れのあるアクシデントの扱いでなければおかしい。医師が治療する必要性の有無・程度とは無関係である。

リスク管理は、被害が生じるのを待って腰をあげるのではなく、事前に可能性を排除することである。「現に生じた結果」のみを基準とする考え方は、リスク管理にならない。

〔注〕 → 誤った経緯

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1-2 インシデント

アクシデントの前段階の事象。
 その事象自体は人に障害を与える恐れ(想定被害)はないが、対策を講じなければ、アクシデントに発展すると推測される事象をいう。

インシデントの例

鹿

鹿が車道に飛び出て、自動車がそれをよけて電柱に衝突しそうになった。 → 今回は電柱に衝突しなかったが、いずれ衝突が起きる前兆になるので見逃せない事象 → 直ちに実害を生じる恐れがないからインシデントである。また、アクシデントに進展した場合に被害が想定されるからヒヤリハットである。

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 軽い側の境界

医師による治療を要しない程度の軽微な障害を負った場合、届け出の対象とするべきか?

ころび

人が転んだが問題にするほどのケガがなくて済んだというのはよくある話である。目撃者は、このような些細な事件も全てインシデントとして「報告」すべきだろうか。

運が悪ければ医師の治療を要する障害になり得る場合は報告の対象とし、なり得なければ報告の対象から外すべきである。なぜなら、全てを報告の対象とすると報告件数が多くなり、ヒヤリハット担当者や委員会の業務が多忙になり形骸化するからである。

基準は、主観的な要素を排除しなければならい。
 一般家庭の日常生活の中で普通に発生し、特に対策を講じられないような事象は、病院や施設の中で発生したとしても特別な対策を要しない。「ツバつけて、ハイおしまい」とか「バンドエイドで終わり」とか自己治療で済ませているような事象は、問題としない方がよい。

看護師がうっかりして患者の手に物を当てた場合、「はい、ツバつけておしまい」という訳には行かず、何らかの軽い治療を行うこと多いであろうが、それはいわば体裁であって基準を変えるべきではない。一般の工場や家庭と医療・介護・保育施設などの間に基準の相違が生じるのは、基準の客観性を欠くことになり、好ましくない。

→ 目次

 アクシデントとの境界

インシデントとアクシデントの境界を考える。
 この区別を明確にする目的は何か?

どちらであっても、想定被害を伴えばヒヤリハットとして扱い、必要な対策を講じることになるから、区別しなくてもよいように思える。

台車クラック

しかし、事故にならずに済んだ件数と事故になった件数、およびその比率は、今後の方針を決める上で不可欠のデータになる。

2017年12月11日、名古屋駅で新幹線「のぞみ」の台車枠に亀裂が発見され、国土交通省から「重大インシデント」に指定された。この事件を例にとって、インシデントとアクシデントの境界を考える。

インシデントとアクシデントの境界
インシデントアクシデント
性質障害の可能性なし運が悪ければ障害の可能性あり障害に至った
高速走行中に台車枠にヒビが発生
(負傷の可能性ない)
徐行時に台車枠が割れて脱線し、死傷者なし
(運が悪ければ高速中に割れた)
高速時に台車枠が割れて脱線し、死傷者発生
取扱いヒヤリハット報告Aヒヤリハット報告B死傷報告C

上の表でヒヤリハット報告(A)はヒヤリハット報告(B)よりも価値が高く、ヒヤリハット運動の重点は前者に置かれることになる。Aが「B+C」よりも多い程、望ましい状態である。

1. 薬剤師Aが誤って処方箋と違う薬剤を患者Bに渡そうとしたが、誤りに気づいて渡さなかった場合、傷害の恐れがないからインシデントであることに疑いはない。

薬剤師

2. 薬剤師Aが誤った薬剤を患者Bに渡してしまうと、Bが服用しようとしまいと、アクシデントになる。

  1. 薬剤師Aが違う薬剤を準備した。
  2. そのまま患者Bに渡した。
  3. それを患者Bが服用した。
  4. その影響は特に無かったが、本来の薬を服用できない。
  5. 本来の薬を服用しない状態が続いた影響で病状が悪化した。

1.の段階はインシデントである。
 患者に間違った処置が実施されていないからである。

2.以降は、いずれもアクシデントである。
 患者に間違った薬を渡した以上、電話連絡をする前に服用する恐れがあったからである。

 抽象的危険

実際には何らの弊害も生じなかった場合でもアクシデントの扱いになるのは、抽象的危険があるからである。その特定の具体的なケースでは幸運にも実害がなかったとしても、運が悪ければ実害になり得たから、その危険性を考慮したものである。

→ 目次

1-3 ヒヤリハット

ヒヤリハットとは、

想定被害を伴うインシデント又はアクシデントをいう。
〔注〕インシデント(それ自体は被害を生じる恐れはない)の場合は、アクシデントに進展した場合に想定される被害をもって想定被害とする。

ヒヤリハットの歴史的な意義は、あわや被害を受けそうになって「ヒヤリ」又は「ハッ」としたが運よく被害を免れた場合に、運が悪ければ受けたであろう想定被害にふさわしい予防策を講じる運動である。

しかし、現代的な意義は、「ヒヤリ」又は「ハッ」とした場合に限らず、また、被害を免れた場合に限らず、運が悪ければ受けたであろう被害が想定されるときは、相応の対策を講じる運動でなければならない。

換言すれば、実被害よりも大きい想定被害を伴う事象を指す。

→ 目次

 1. 沈黙インシデント

関係者が気づいていないインシデントを「沈黙インシデント」、気づいたインシデントを「認識インシデント」という。

〔事例〕京都大学病院・人工呼吸器事件

人工呼吸

2000年2月京都大学病院で起きたケース:
 人工呼吸器の加湿器に供給する滅菌精製水とエタノールの容器と外観が似て同じ場所に置いてあり、「表示」のみで区別していた。

ところが、ある日、その看護師は他の薬剤も混在しているとは知らず、容器の表示を毎回1個ずつ確認することはしなかった。

その結果、誤ってエタノールの容器を病室に運び込んだ。他の看護師はその過ちに気づかずに人口呼吸器に補充したため、患者は死亡した。しかし、薬剤を扱う者としての相応の特別の注意力をもって業務に当たるべきだったというのが裁判官の意見であった。

この事例では、薬剤を類似する外観の容器に入れて保管していたことが沈黙インシデントである。沈黙インシデントは、届ける者がいないから非常に危険である。従って、危険予知訓練(KYK)を実施して、現場を見て危険を読み取る力と習慣を養う必要がある。

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 2. 沈黙アクシデント

関係者が気づいていないアクシデントを「沈黙アクシデント」、気づいたアクシデントを「認識アクシデント」という。

例えば、患者が吸入中の人工呼吸器に誤ってエタノールを補充したが、この過ちに関係者が気づかない状態が沈黙アクシデントである。

上の京大病院エタノール事件を整理すると、次のようになる。

整理するとこうなる
実際の経緯 もし、気づいて死亡を回避できたら~
倉庫に混在 沈黙インシデント 認識インシデント ヒヤリハット
エタノールを病室に搬入
エタノールを補充し、患者が吸入 沈黙アクシデント 認識アクシデント
患者が死亡 最悪の事態
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 3. レジリエント・メディカル

最悪の結果となったときは、想定被害が存在しないから報告があってもヒヤリハットではない(通常の事故として扱う)。
 この点を間違った指導事例を引用しよう。

レジリエント・メディカルから引用

2000年2月京都の病院で、患者に装着された人工呼吸器の加湿器の中へ、滅菌精製水を補充するところを誤ってエタノールを注入する事故が発生。(中略)

人工呼吸

夜勤についていた卒後1年目の看護師が滅菌精製水を補充するところを誤ってエタノールを注入した事故です。この誤りを発見したのは先輩看護師です。誤注入を発見するまでかかった時間は約53時間後でした。(中略)

誤った薬品の注入に気がついたときには、すでにインシデントとはいえない状況にまで至っていたといえます。しかし、先輩看護師は、エタノールを発見したとき「ひやり」もしくは「ハッと」したはずです。つまりヒヤリハットです。(中略)

このケースでは、アクシデントに至った段階でヒヤリハットしているのです。

この記事はヒヤリハットですと説いているが、死亡を阻止できなかったので想定被害が存在せず、ヒヤリハットではない。

「ひやり」もしくは「ハッと」したか否か~という言葉遊びでは困るのであって、あくまで想定被害の有無を基準としなければならない。

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1-4 影響度レベル

「影響度レベル表? そんなものは知っているよ」と思われるかも知れないが、ちょい待ち。あなたが知っている「影響度レベル表」は、この後に解説する誤った影響度レベルのことかも知れない。

ヒヤリハット制度の「影響度レベル表」とは、ヒヤリハットが起きた場合に、「阻止された想定被害の深刻さ」のレベルを示した表をいう。実際は発生していない架空被害のレベルであって、予防対策の重大性を示す。

ヒヤリハット影響度レベル(正)
インシデント レベル 阻止した 想定被害 アクシデント レベル 阻止した 想定被害
A1自己処置A2自己処置
B1 医師の処置 B2 医師の処置
C1 生命に関わる C2 生命に関わる

〔注〕「インシデント・レベル」とは、報告されたインシデントの想定被害の程度をいう。薬剤師が誤った薬を用意したが、気づいて是正した。もし患者に渡して服用されたら医師の処置が必要になったと推測される場合のインシデント・事象のについてはレベルはB1である。

「アクシデント・レベル」とは、報告されたアクシデントの想定被害の程度をいう。看護師が誤った薬剤を人工呼吸器に取りつけたが、患者が匂いに気づいてサインを出したため、すぐに是正した。もし、患者が睡眠中で気づかなかったら死亡の可能性があった場合は、阻止した後発被害は死亡であり、C2に属する。

ヒヤリハット影響度レベル

〔注〕A1およびA2は事故処置で済む程度なので、届け出を不要としてもよい事象である。その選択は、施設(医療機関、老人ホーム、育児施設、工場、建設現場等)により異なってよい。

この表に基づいて、「ヒヤリハット」の発生状況や対策状況を時系列図表に可視化して、今後の方針を討議するための資料とする。もちろん、医師や看護師、薬剤師、安全管理当局等の職務分担を表したものではない。

ところが全国、どこの病院や施設でも、上のような影響度レベルを使用していない。現実に使用されているのは、以下に示すような「職務分担としての影響度レベル表」である。そのようになった経緯を見ていこう。

→ 目次

1-5 間違いの始まり

全国の病院や施設で影響度レベル表が制定されているが、間違いが多い。現在多くの病院等で採用している「影響度レベル」の性格を確認しよう。

つまり現在、病院等で使用されている「実害の影響度レベル表」は、ヒヤリハット制度でいう影響度レベル表とは、意味も内容も目的も異なるということである。

さらに困ったことに、医師等の職務分担を決めた「実害の影響度レベル表」を、病院以外の施設が模倣することである。そういう施設には医療関係者がいないから、模倣する意味もない。

実際の例を示しながら説明を続けよう。

→ 目次

 国立大学病院医療安全管理協議会

この影響度レベルは職務分掌としては間違いではない。

レベル 継続性 程度内 容
0 - - エラーや医薬品・医療用具の不具合あれど、患者に実施なし
1 なし - 患者への実害なし(何か影響を与えた可能性は否定せず)
2 一過性 軽度 処置や治療なし(患者観察の強化、バイタルサインの軽度変化、安全確認検査など必要)
3a一過性
程度
簡単な処置や治療を要した(消毒、湿布、皮膚の縫合、鎮痛剤の投与など)
3b一過性高度 濃厚な処置や治療を要した(バイタルサインの高度変化、人工呼吸器、手術、入院日数の延長、外来患者の入院、骨折など)
4a永続的軽~中
等度
永続的な障害や後遺症が残ったが、有意な機能障害や美容上の問題はなし
4b永続的中~高
程度
永続的な障害や後遺症が残り、有意な機能障害や美容上の問題あり
5 死亡 - 死亡(自然経過によるものを除く)

この表は、「このレベルの事象が起きたときは、誰に連絡し、誰が何をするか~」を定めた職務分掌の区分を表したものである(この表には書いていないが、添え書きとして、連絡ルートや医師の処置等を規定している)。

この表を職務分掌としてみる分には、間違いとは言えない。しかし、これとヒヤリハットを合体させるのは間違いである。

病院によって、「レベル0」のみ、あるいはレベル3aまでを「ヒヤリハット」とする。つまり、医師が関与しないレベルがヒヤリハットなのである。

ここに、間違いが始まっている。
 この影響度レベル表は、実害をランキングしたものである。ところが「ヒヤリハット」は実害ではなく想定被害を問題とする概念であり、実害とは無関係である。

現在、多くの病院等で作成されている影響度レベル表にはヒヤリハットも含めて実害で区分しており、誤っている。

まず、
 1. 「医師が関与しない場合」=インシデント
 2. 医師が手を出す場合」=アクシデント
~に分かれる。そして、インシデント=ヒヤリハットになっている。

これでは、「ヒヤリハットは医療安全課の事務員の仕事であり、医師の業務とは直接は関係がない」という考え方になって、医療安全から離れてしまう。医師は多忙であって、そんなことに構っていられないという空気を助成しかねない。

ヒヤリハット運動は、「医師の職務分担とは無関係」との観点に立つべきであり、防災の問題が職務分担の問題にすり替わっているから理解しづらくなっている。

→ 目次

 コトバンクの定義

コトバンクは、次のように説明している。

ヒヤリハット(コトバンクから引用)

医療事故には至らなくても、場合によっては事故に直結したかもしれないエピソードのことをいう。

語源は、「ヒヤリとした」「ハッとした」。

① 間違った医療行為が行われそうになったが未然に気づいて防ぐことができたケースや、② 行った医療行為に間違いがあったものの患者に被害は及ばなかったケースなどがここに含まれる。

想定被害を伴う場合をヒヤリハットとする点で正しい。
 しかし、実害なしの場合に限っている点で誤りである。実害があっても、運が悪ければもっとひどかったと想定される場合は、ヒヤリハットとするのが正しい。

→ 目次

 ハインリッヒ三角の誤解へ

誤ったハインリッヒの三角形を吟味しよう。

  1. 300件は「無傷」だからインシデントだ。
  2. 「治療を要しないものは無傷に準じて、インシデントにしよう。
  3. 医師が扱う必要のない軽い負傷なら、インシデントだ。
  4. 無傷と軽い負傷を合わせて、これらインシデントを全部「ヒヤリハット」にしよう。
  5. 当然、ハインリッヒの300件は、無傷だからヒヤリハットだ。

このような経過を辿って300件を「インシデント」や「ヒヤリハット」とする偽の「ハインリッヒ三角形」が広まったようである(下に示す図)。

ハインリッヒ図2 ハインリッヒ図3

以上の説明に対して、次のような反論があるかも知れない。

→ 目次

 想定される反論

脚立転落

工事人が凹凸のある不安定なコンクリの地盤に立てた脚立の上でぐらついて、「ハッ」として落下し、簡単な処置や治療を要するレベル3aの軽傷を負った~という事例を考える。

レベル3aの軽傷だからインシデントであり、レベル3aのヒヤリハットである。

従来の影響度レベルに慣れてしまった人は、上のように主張しがちである。しかし、次のように説明するのが正しい。

  1. コンクリ床に脚立から落下すれば、重症になる恐れがあるから、インシデントではなくアクシデントである。実害がゼロでも軽傷でも、運が悪ければ医療機関の治療を要する負傷を負う恐れがある以上はアクシデントである。

  2. 運が悪ければ頭を打って死亡したと想定されるから、最高レベルのアクシデントはある。
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 鹿児島県医師会の事例

「ヒヤリハット」=「レベル0」としている一例として、次の鹿児島県医師会を挙げよう。

鹿児島県医師会
インシデント
レベル 内容
0a 実施前発見、実施された場合の患者への影響は小さい(処置不要)
0b 実施前発見、実施された場合の患者への影響は中等度(処置必要)
0c 実施前発見、実施された場合の患者への影響は大きい(生命に影響)
1 患者への実害はなかった(影響を与えた可能性は否定できない)
2a 処置や治療は行わなかったが、観察の強化を要した
2b 処置や治療は行わなかったが、検査などの必要性が生じた

上の影響度レベル表をよくみると、インシデントが異質なものに分かれている。

(1) 0a、0b、0c =未着手の場合の想定被害のみを記述し、これらのみが届出によりヒヤリハットの扱いになるとしている。

インシデントか?
いずれも未着手で障害を及ぼす恐れがないからインシデントである点で正しい。
ヒヤリハットか?
1. 0a は着手した場合でも想定被害がないから対策を要せずヒヤリハットにならない。故に、誤りである。
2. 他は着手すれば想定被害があるから対策を要し、ヒヤリハットになる。故に、正しい。

(2) 1、2a、2b =着手した場合の実被害のみを記述している。

インシデントか?
いずれも運が悪ければ被害の恐れがあり、実害がなくても着手した以上はアクシデントである。故に、誤りである。
ヒヤリハットか?
実害はなかったが、いずれも想定被害があり、ヒヤリハットである。故に、誤りである。
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 有名病院の比較表

有名な病院のヒヤリハットの定義を示す。

ヒヤリハットの定義
病院名 ヒヤリハットの範囲
藤田医科大学病院レベル0
鹿児島県医師会レベル0a、0b、0c
産業医科大学病院レベル0a、0b、0c
NTT東日本レベル0a、0b、0c
上野総合市民病院レベル0、1、2、3a
地域医療機能推進機構レベル0、1、2、3a

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 誤った経緯

病院が誤った影響度レベル表を使うようになった経緯を考えよう。

第一の誤解
医療機関は、病人・負傷者を診察・治療することが任務である。病気の種類や程度によって、患者の処置・記録・報告等も異なるから、職務分担が必要になる。そこで、医師が扱う事象かどうかが分れ目になる。
・医師が処置しなくてよい事象 → インシデント
・医師が処置すべき事象 → アクシデント
これで第一の誤解ができてしまう。
第二の誤解
「ヒヤリハット」は、誤った行為や状態が患者に対して影響を及ぼさなかった場合だ。 → 実被害がなく医師による診察・治療とは直接の関係がない場合だから「影響レベル=ゼロ」のインシデントがヒヤリハットになる。
第三の誤解
「極めて軽症で医師の治療を要しない場合」は無傷(影響レベル=ゼロ)と大して違わないから、これらインシデントを一括してヒヤリハットにする、という定義に発展する。

つまり、「ヒヤリハット」の意味が、医師による診察や治療がどの程度必要かという「職務分担規則」に変形してしまった。その結果、本来の「想定被害を示す影響レベル」が誤ったものに改変されたのである。

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2. ヒヤリハット制度

→ 目次

2-1 制度の概要

施設は、次の基本方針に基づいて、危険の可能性を排除しなければならない。

 組織

施設に安全委員会を置くこと。

委員長

委員:各科の医師・看護師・薬剤師・技師・調理師等

事務局(窓口、事務処理)

定期的巡回

安全委員会は、定期的に巡回して、沈黙インシデントの発掘に努めること。

危険予知訓練

「危険予知訓練」とは、現場を観察して危険を予測する訓練をいう。予知された危険は所定の手続きを経て「ヒヤリハット」報告をする。

安全委員会は、アクシデント件数に対して沈黙インシデントの「気づき」件数が基準に満たないときは、危険予知訓練を実施する。

届出の報奨金制度

ヒヤリハットとしての届け出のうち最も価値の高いのは「想定被害の大きい沈黙インシデント、及び、沈黙アクシデントである。
 つまり誰にも気づかれずに存在し、いずれ大きな被害を生じかねないリスクである。

発見の難しいヒヤリハットの「気付き」を奨励する手段の一つのは、「質の高い情報に対する」高額報酬である。人の生死を左右するような、しかも発見の困難なヒヤリハットには、10万円、20万円、30万円、40万円、50万円、特別賞というようなランキングで、報奨金を授与する制度が有効と思われる。
 ただし、そのインシデントやアクシデントの原因を作った本人に報奨金を与えるのは避けるべきである。

報酬金を伴う改善提案制度の欠陥は、安い報酬で、大量の提案を集めて「提案の数」を競う制度である。このやり方は、質の低いクズ情報を集めるだけで、ほとんど効果がない。

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届け出の手続き

施設の全ての勤務者は、目撃したインシデントやアクシデントを所定の方法で事務局に届け出なければならない。

〔注〕
 1. 届け出用紙に、「実害」と「想定被害」と「影響度レベル」を記載するように構成するのが実用的と思われる。インシデント、アクシデント、ヒヤリハットの区別は、事務局が統一基準によって行う。例えば、下に示した用紙にする。

2. 届け出の前に為すべき医療行為等については、別途、連絡ルートや医療行為の分担基準を決める必要がある。

3. 次の用紙で扱った事例 → 薬局の事例

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異常事象 届け出用紙
事象名称 届出年月日 氏名 部署
誤調剤 19/12/03 鵜沼崇郎 薬局
関係者 発生日 氏名 部署
19/11/29 佐藤郁子 薬局
内容 〔般〕ロキソプロフェンNaテープ100mg (10×14cm 温感)と記載した処方箋に対し,(温感)を(非温)と読み違えて調剤し、患者に手渡した。
 患者からの電話問合せで間違いに気づき、翌日、正しいものを手渡した。
(写真)
実被害 想定被害 レベル
なし 薬効半減 B2
対策案  枠づけ確認:処方箋の要素ごとに鉛筆で枠をつけて確認し、保管。 (写真)
スコア 2
IR計算 2
決定  提案の対策を採用
決定日 実施日 委員長
19/12/20 20/01/05 高橋太郎
実施状況 (写真)
委員会備考
事務局備考  データの可視化:12/08完了

〔注〕
 1. ヒヤリハットかどうか、インシデントかアクシデントかの区別を届け人に求めない。事務局で判定して記入する。

2. 届け出の前に為すべき医療行為等については、別途、連絡ルートや医療行為の分担基準を決める必要がある。

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データ解析

事務局は、毎月1回、インシデント・スコア、及び、IEA分析の結果を委員会に報告し、対策の要否、及び対策案について討議・決定を求めること。

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2-2 インシデント・スコア

通路に段がある。これ自体は人に傷害を及ぼすものではないからインシデントである。しかし、人がつまずいて転ぶ恐れがあり、周囲の状況によって「通路の段」の評価が異なる。

すなわち人が転ぶという、それ自体は似たような事象であっても、そこに潜むリスクは様々である。そこで、対策を講ずる必要性の採点(スコアリング)が必要になる。

上の通路の段について、いろいろな場合の危険度をスコアリングしてみよう。

インシデント・スコアの事例
後発事象 NO. 想定被害 評価
人がつまずいて転ぶ 1 階段から転落, 死亡 10
2 頭蓋骨、脊椎の損傷 8
3 腕足の骨折 5
4 病院での治療が必要 2
5 自己治療以下 0

ヒヤリハットとして届出があった「通路の段」が、上表のNO.2に該当する場合、インシデント・スコア=8 と記録される。ただし、上表のNO.5に該当する場合は(対策を要しないから)ヒヤリハットとして扱わないことになる。

「通路の段」が上表のどのNO.に該当するか、施設によって異なると考えられる。幼稚園や老人施設では厳しく評価し、その他の場合は緩く評価することになる。

届け出のあった全ての事象にスコアをつけ、これを月ごとに集計し、グラフに可視化し、有益な情報を得ることができる(→ 時系列折れ線グラフ)。

ヒヤリハット制度の目的は「事故の削減」ではない。
 「事故の可能性の削減」であり、スコアデータの収集と分析が有益である。

さらに有益な分析は、後述のIEA分析(Incident and Effect Analysis)である。
 参照 → IEA分析

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2-3 目的は可能性の削減

HHT制度の目的は、事故の削減・予防か?
 当然そうだと考えやすいが、ある意味で正しく、ある意味で間違いである。

 事故の削減・予防が目的の場合

安全委員会は事故の削減・予防の効果が出たかどうか確認したいが、それは難しい。

ある病院で5年前に看護師のミスで患者が1名死亡する事故が起きた。

再発防止に向けてHHTを導入して熱心に対策をしてきたが、5年やって、院長はふと疑問を感じるようになった。

HHTを5年やって、果たして死亡事故の予防の効果は出たか。何しろ、1つの病院で医療ミスによる死亡事故は、10年に1度あるかないかだ。HHTをやっても効果を確認することができない。

〔注〕
 養護施設における転倒など件数の多い事象については、月度集計で効果を確認することができる。これについては後述。
 → 多数の異常事象

 目的は事故の「可能性の削減」

HHTの目的は、正しくは事故の予防・削減ではなく、事故の「可能性の削減」である。つまり、HHT点数(インシデント・スコア)やIEA分析のRI値の削減である。

ただ、個々の病院が死亡事故の可能性を削減すれば、国や県の集計規模では死亡事故が削減された効果をみることができる。

ケガの場合も、1つの病院や工場でそうそう毎日ケガ人が出る訳ではない。件数が少ないから、月度集計でも年度集計でも効果の確認は難しい。年度集計でも、数年かけて減少傾向にあるかどうか確認できる程度である。

しかし、事故そのものではなく可能性の削減効果なら、インシデント・スコアやRI値の増減でみることができる。

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 保育園の事例:

stop

ある保育園で、増築前の古い傷んだ廊下で幼児がケガをした。園長先生は、幼児全員にその廊下を使わないように注意のお話をした。また、その廊下の両入り口に張り紙をした。

「ここはとおらなでね!」

その廊下を通らなくても他にも安全な廊下があって、そこを通れば済むことであった。

ある日、1人の幼稚園児が危険な廊下を通った。これを職員が目撃し、HHTとして報告した。対策として安全委員会は、その危険通路がよく見える位置に職員を配置して監視することにした。

職員が監視していると、毎日数人の幼稚園児がそこを通ろうとし、その都度職員が「そこを通ってはダメよ」と制止した。そして、この「通ろうとする」ことが新たにHHTとして毎日報告され、ますますHTTが多くなった。

この安全委員会は、HHTの目的が事故の防止にあると考えた。そこで、「事故の発生を予防するための対策」として監視員を配置したが、ヒヤリハットが増える結果となった。

正しいHHTの目的は「事故ではなく、その可能性(ヒヤリハット)をなくすこと」であり、対策として大工さんに頼んで廊下を修理又は閉鎖すべきであった。

正しいHHT運動は、「もっと頻繁・確実に観察してヒヤリハット報告件数を増やすこと」ではなく、「対策を講じてヒヤリハット報告件数を減らしこと」である。

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3. CAPD管理サイクル

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3-1 CDPAの概要

出費の大きい対策は、「やっては見たが効果がなかった」では済まない。やり直しができない一発勝負だから、入念に調査・研究をして、失敗がない対策を実施しなければならない。

しかし、出費の少ない、やり直しができる、失敗が許されるという類の小改善は違う。次のような試行錯誤の手順をとることができる。詳細は、後述する。

pdca管理サイクル

〔注〕
 1. 新規に業務を開始する場合は、業務のやり方の計画(Plan)から始まって、P → D → C → A →...と進める。しかし、すでに業務が行われているときは、現状の把握から C → A → P → D →...と進める。ヒヤリハット制度は現状把握から始まるから、当然にCAPDサイクルになる。

2. HHT対策として、大金をかけて設備等を整える場合は、失敗が許されず、やり直しができない一発勝負だから、CAPDを回すことはできない。本番で失敗しないように、事前に研究し尽す必要がある。研究段階では、失費が許される程度の少ない費用でPDCAサイクルを回せることが多い。

〔参照〕→ 大改善と小改善の区別

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3-2 効果の確認

対策を実施した後の「現状の把握」は、「効果の確認」及び、さらに対策を打つかどうかの判断である。

 2つの方法

確認の方法は、2つある。

  1. 改善された現場を観察し、あるいは実験で評価する。
  2. 対策の前後の実績を集計して比較する。

異常事象の発生頻度が少ない場合は、実績効果を確認することが困難だから、インシデント・スコア、又はIEA分析のRI値で判断する。

ここでは、件数の多い場合の実績効果の確認について説明する。

→ 目次

 多数の異常事象

原因が共通する多数の事象は、対策の実績効果を確認しやすい。

従って、報告された事象を原因別、又は現象別に層別し、それぞれの月度合計件数を表示した時系列折れ線グラフを作成して可視化し、その変化を観察することが多い。

時系列折れ線グラフを推奨する理由は、平均値とバラツキを同時に表現することが出来て、発生の特徴、対策の効果などを把握しやすいからである。

(1)件数が非常に多い事象を解決したい場合に、パレート図を用いることがある。

〔参照〕→ 役立つ事例

(2)以下、時系列折れ線グラフを使う場合を説明する。

時系列折れ線グラフ
時系列グラフ

グラフから読み取ることは、次の3つである。

  1. 現状、それが多く発生しているか。
  2. 対策後の変化は、バラツキを大きく超えているかた、それともバラツキと同程度か。
  3. さらに対策を打つべきか。

グラフの変化は「偶然にそうなったのではないか?」との疑問を残さないため、バラツキを大きく超えた変化があったかどうかを確認することが必要である。

次のグラフは、2回のCAPDサイクルの効果を確認したケースである。1回目の対策でベッドに支柱を設け、2回目の対策で支柱を追加した。

時系列折れ線グラフ
hht-time-graf

→ 保育園の事例を見よう。
 「廊下の入り口に貼った張り紙」や職員によるに監視に効果がないことは、HHT件数が減らないからすぐに分かる。また、廊下を修理・閉鎖した場合の効果は、HHTがなくなるから直ちに分かるはずである。

→ 目次

3-3 10点HHT対策:

報告されたヒヤリハットの全てに対策が必要な訳ではない。例えば、スコアが5点以下の場合は、費用の関係などで適当な手段がなければやむを得ない。

しかし、10点クラスのHHTでは、たとえ費用が嵩むとしても限りなく完全な対策が求められる。

医療に限らずどの分野でも、最も多く対策が困難なポカミス(うっかりミス)がある。ヒューマンエラー(human error)とも言い、人為的過誤や失敗のこと。 JIS Z8115は、「意図しない結果を生じる人間の行為」と規定する。

対策は、出来るだけ機械的に、ポカミスが起きないよう、又は、起きても検知できるものが望ましい。例えば最近は、医療の分野で次のような対策が広く実施されている。

ベビー・サークル

これら有効な対策の特徴は、人がうっかりしても機械的・自動的に事故を予防し、あるいは危険を検知させることであり、広く有効性が認められている。

以下、どの分野でも共通して行われる3つの対策を見て行こう。

→ 目次

 1. ポカヨケ(Pokayoke)

ヒューマンエラー(ぽか、うっかりミス)の発生を防ぐ対策、または、ミスをしても警報が出るような対策をいう。

上に述べた、人工呼吸器の専用の継ぎ手、ヘパリン注入器のバッテリー低下警報、患者識別バンド、ベビー・サークルなどがこれに属する。

なお、ポカヨケのことを英語で pokayoke という。あるいは、エラー・プルーフィング(error proofing)という。

〔注〕Foolproof という英語は、バカチョン・カメラ(a foolproof camera 全自動の小型簡便カメラ)のように、無知・初心者・不器用も含めて広く失敗を防ぐ、「バカでも使える簡単な操作の装置」という意味であって、うっかりミス対策とは全く異なる。

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 2. 冗長設計(Redundant design)

人工呼吸器の酸素ボンベが切れてもすぐに交換するように予備のボンベを側に備えて置く。予備は当面はムダな要素なので「冗長」という呼び方をするが、いざというときには威力を発揮する。

さらに、この予備のボンベが置かれていないと警報が出るようにポカヨケにすることが多い。ちなみに、自動車の予備のタイヤ、旅客機の複数のエンジン等も冗長設計である。

万一停電になっても病院の自家発電によって電気の供給を継続するのも冗長設計である。

病院では、患者の「受け渡し確認」が行われる。 → 患者の受け渡しを参照。

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 3. フェールセーフ(Fail safe)

インシデントによっては、発生を防げないものがある。

そのうち重大事故につながるものは、発生しても影響を回避し、あるいは軽減する対策を講じる。この対策をフェールセーフという。

例えば、ワクチンは、感染しても軽症で済むようにするフェールセーフである。

→ 目次

3-4 薬局の事例

薬局

医療の分野の一つである薬局の事例を検討しよう。

薬局ヒヤリハット事例集:2018年 No.1 事例1
 (「事例番号:000000055347」を入力して検索すれば、インターネットで見ることが出来ます)。

【処方箋】
 〔般〕ロキソプロフェンNaテープ100mg (10×14cm 温感)

このように記載した処方箋に対し、(温感)を(非温)と読み違えて調剤した。

【背景・要因】処方箋の読み間違え

【薬局の改善策】思い込みをなくし、確認は2度以上行うことを徹底する。

【薬局内部の指導】患者に「暖かいタイプ」であることを伝え、患者と共に確認することも有効である。

これは、まずい見本である。

思い込みをなくす→ そのための方法が示されず、実施することができない。

2回以上確認する→ 「2回以上確認する」のだから、1回1回は多少粗雑になってもよいのではないか?~という心の緩みを生じ、かえってよくない。

徹底する→ 徹底する方法が不明で、実施できない。

患者と共に確認する→ 「暖かいタイプであることを伝え~」とあるが、それはエラーの内容を知っているからできることである。何のエラーが起きるか分からない段階では不可能な手段である。

〔注〕2重確認(ダブル・チェック)はあまり効果がないことが報告されており、次のような対策が推奨されている。

  1. 冗長設計、疑似冗長設計(受け渡し確認)
  2. (電車の運転士が行う)指差し喚呼
  3. 自動化
  4. (文字に枠で囲む)枠づけ確認
  5. (2名で行う)問答確認
  6. 患者の腕に取り付ける識別バンド

・受け渡し確認の事例 → 患者の受け渡し

・枠づけ確認の例:
 処方箋の要素ごとに鉛筆で枠を付けることによって、指差し確認と同様の集中力が生まれ、かつ、確認した記録が残る長所がある。

処方箋の枠づけ確認
枠づけ確認

・問答確認の例:
 2名の薬剤師が処方箋の要素ごとに、「薬品名〇〇」はOK? 「100mg」はOK? という具合に問答する方法がある。これは各人が別々に行うダブル・チェックではなく、協同で行う。

4. IEA分析 インシデント影響分析

→ 目次

4-1 概要

 意義

IEAは、Incident and Effect Analysis の略語。「インシデントとその影響の解析」の意味である。

これは、想定被害について「対策を講ずべきか」、「講じた対策は十分か」を判定する手法である。

アクシデントが発生した場合でも、実害よりも深刻な被害が想定される場合に、同様の判定が必要である。

→ 目次

 考え方

指にすり傷を負いかねないA、B、Cの3件のヒヤリハット報告があった。最悪の影響は、いずれもすり傷程度である。これらに対策を講じるかどうか、検討しよう。

〔影響S〕(Severity)
 ここでいう影響は、運悪く最悪の事態に至った場合に想定される被害のことである。本件では、最悪でもすり傷程度であった。

〔頻度O〕(Occurrence):
 発生する頻度を推定すると、次のように差があった。

すり傷を防止する対策は、全ての場合に実施するのが望ましい。
 しかし、対策に困難を伴うとか出費が嵩むときは、取捨選択することになる。上の例では、Aは必ず対策を講じるべきだし、Bはできれば対策を講じたいし、Cは放置しても支障ないと思われる。

このように、ヒヤリハットに対策を講ずるかどうかの審査において、頻度を考慮する必要があることが分かる。

→ 目次

ただし、重要な注事項がある。

〔検知度D〕(Detection)
 インシデントには、検知度の点でも差がある。
 すなわち、大事に至る前に検知して対処できる可能性について差がある。

後発事象が一旦発生すれば、最悪の事態になるまで誰も気づかないし気づいても止められない場合がある。

例えば、インシシデントとして「人工呼吸器に供給する薬剤を間違って接続する恐れのある状態」が存在した場合、間違いが現実に起きてアクシデントになると、意識のない患者は反応せず、そのまま死に至る。

このような検知性の程度によって、対策の必要性か違ってくる。

→ 目次

4-2 FMEAの応用

ヒヤリハットに対する対策状況は、FMEAと同様の手順で評価することができる。

IEAの評価基準
文字 文字の意味 評価
S 想定される最悪の事態
a Sを考慮して、
影響の回避、軽減策は十分か
4:不可
3:不満
2:合格
1:ほぼ完全
b Sを考慮して、
発生頻度の軽減策は十分か
4:不可
3:不満
2:合格
1:ほぼ完全
c Sを考慮して、
発生検知対策は十分か
4:不可
3:不満
2:合格
1:ほぼ完全

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4-3 IEAの具体例

 (1) 薬剤の間違い

ある病院では、人工呼吸器に供給する薬剤を担当の看護師が倉庫室から自分で準備して運んで供給する。

ある日、その看護師がいつもの場所に置いてあった容器の薬剤を運んできたが、中には別の薬剤が入っていて、危なく医療事故になりかけた。しかし、偶然に通りかかった別の看護師が気づいて事なきを得た。

このヒヤリハット報告をIEA解析すると、次のようになる。

人工呼吸器の薬剤の間違い(改善前)
HHT 最悪
S
対策状況 評価 RI
a b c
異なる薬剤を同じ外観の容器で倉庫に保管し看護師一人で供給。薬剤違いの危険あり。 死亡 薬剤の表示を確認 4 3 4 48 3.6
×

表の左から順に説明しよう。

この結果に対して改善策を打てばどうなるか、最後に説明する。
 次に、少し説明を補充する。

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 (2) 最悪の事態Sを考慮

a・b・c の評価の際にSを考慮するのは、なぜか?

注意事項として前述した通り、すり傷が10年に1回起きる程度なら対策は不要、しかし死亡が10年に1回起きるなら対策が必要となる。つまり、a・b・c は、最悪の想定被害Sを考慮した上で判断しなければならない。

→ 目次

 (3) 危険指数RI

危険指数RI(Risk Index)は、次の式で与えられる。

ri

RIの値に対応して、合格・不合格の総合判定となる。

RI値と総合判定
RI 判定
4.0~ 2.5 不合格 4.0に近い程、対策不十分
2.3 保留 Sが些細なら、合格可。
2.0 合格 最適の対策状況
1.6 ~ 1.0 合格 対策過剰に要注意

ただし、RI が 2.3 をわずかでも超えれば、機械的に不合格と判定する訳ではない。2.3 を超えるに従って不合格(対策不足)の度合いが強くなることを意味し、Sの最悪の事態を考慮しつつ総合判断をすることになる。

→ 目次

 (4) 是正後の評価

この事例で対策として考えられるのは、医療分野の受け渡し確認である。

病院でよく見かけるのは、患者を病棟から車椅子で運ぶ病棟看護師と、患者を引き取る手術室の看護師が、手術室の入り口で受け渡し確認を行う。

参照 → 患者の受け渡し

この対策で合格かどうか、IEAを行ってみる。「対策状況」の項目から順に説明しよう。

改善後のIEA分析表は、次のようになる。

人工呼吸器の薬剤の間違い(改善後)
HHT 最悪
S
対策状況 評価 RI
a b c
異なる薬剤を同じ外観の容器で倉庫に保管し看護師一人で供給。薬剤違いの危険あり。 死亡 受け渡し確認 4 1 1 4 1.6

改善前と比較する → IEA改善前

〔注〕対策は他にもあり得る。例えば、
 (1)容器を薬剤ごとに異なる色にする。
 (2)人工呼吸器とボンベの接続端子を専用にする。

→ 目次

 (5) 累積不合格RI

対策の進捗状況を時系列グラフで監視することが有益である。

合格となったインシデント、およびアクシデントは削除し、保留および不合格となったものについてRI値を集計して時系列折れ線グラフに可視化する。

RI値を集計した時系列折れ線グラフ

上の赤線グラフが10点を超えるようなら、院長は緊急事態と認識すべきである。


(終わり)

→ 目次


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