QCストーリーは、QCサークルのために用意された手順ではない。
→ QCサークル用の手順ではない
→ QCストーリーは使うな
QCサークル活動は小改善である故、QCストーリーではなく、PDCAサイクルに従わねばならない。
→ 小改善と大改善の区別
→ PDCAサイクル
ところが誤った指導により、QCストーリーに従って「一発勝負の活動」として発表するケースが多い。
ここで取り上げた典型的な医療QC事例に対して最優秀賞を与えたのは医療のTQM推進協議会であるが、以下、その弊害を見ていこう。
正しい理解を深めるには、誤った事例を分析することが大切である。
正しい活動手順と発表手順は、改善:第4章で説明する。
関連する練習問題 → 問題2
国立病院機構・仙台医療センター (平成23 年度 最優秀賞)
職場:中央材料室
サークル名:「ちゅーざい」
テーマ:「洗浄方法の見直し」
このページで紹介する事例は、医療のTQM推進協議会 で最優秀賞を授かった仙台医療センターのものである。
例によって日科技連や Insource などが指導するQCストーリーに沿った発表であるが、最初から最後まで「ウソがバレないための細工」に努力が注がれている。
その「バレないための細工」が目立つ故に、かえってウソがバレているという皮肉な結果である。折角の優れた改善活動を正直に発表すればよいのに、「ウソ話」に作って台無しにした。
一体、審査員は何が優れているとして最優秀賞を授けたのか、いま一つ明らかでない。しかし、これが現今の病める病院QCサークルの典型的な姿である。
誤った指導を受けて偽りの発表をし、審査員も本来の役目を果たさず騙される。いかにして「ウソ話」が出来上がって行くか、どのようにして「ウソ話」を見抜けばよいか~という観点から解説しよう。
最後に、この発表を正しい発表に修正してみよう。なお、併せて、福祉QCのページを参照して頂きたい。
テーマ 洗浄方法の見直し
何とも不思議なテーマ名である。
何を洗浄するのか、何が不満で見直すのか、さっぱり分からない。普通なら、「何の特性値を、何のために、どう改善する」等をテーマ名にすべきである。例えば、次のように。
ここに最初の第一歩から「不審な言動」が見られる。なぜ、不審な言動になったのか?
人は「ウソ話」を作るとき、自分では気づかずに、どこか不審な挙動をする。本件の場合、何を隠そうとして不審なテーマ名になったか?
実のところ1個のテーマしか持ち合わせがなく、テーマは選定(複数の中から特定の対象を選び出す)していない。しかしQCストーリーでは選定理由を書かねばならないことになっているので、ウソをつく必要がある。
「何のために何の洗浄を見直すのか」をテーマに含めると、その後に予定する「テーマ選定理由」に書くことがなくなってしまう。そこで、テーマ名から「肝心な点」を抜き去って「テーマ選定理由」に移した。その結果、テーマ名が「もぬけの殻」になったことが後で分かる。
ウソ隠しのためにテーマ名を損ねたのは、誤った指導を受けた結果である。
では、その「テーマ選定理由」を読んでみよう。
原文を少し修正して分かりやすくした。
テーマ選定理由
私達は、病院内の各部署から回収した使用済み器材を次の2段階に分けて洗浄している。
- ウォッシャー・ディスインフェクター(WD)で洗浄した後、
- 更に、超音波洗浄装置(US)で洗浄する
以前は、前者を各部署で行い、後者のみを私共で行ったが、最近になって両者を一括して私共で行うことになった。
普段の業務の中で「こんなに洗浄が必要だろうか?」と疑問を感じていた。そこで洗浄方法を見直し、効率的かつ質の高い洗浄方法を確定したいと思いこのテーマを選定した。
他にテーマがある訳でもなく、テーマを選定していないのに、「これこれ、こういう訳でこのテーマを選定した」と、選定したように見せかけている。
テーマ名に含ませるべき用語がこの「選定理由」に移動していることが分かる。さらに、不明確な点、誤っている点がある。以下、主な点を拾って説明する。
効率的かつ質の高い洗浄方法を確定したい
とあるから、改善特性は次の通りである。
しかし両方とも向上したいのか、一方は現状維持で他方のみを向上したいのか、今一つ明らかでない(洗浄時間のみを短縮し、清浄度は現状で満足していることが後で分かる)。
以下、上の 2 について簡単に説明する。
「活動テーマ」は1個だけ選定してはならず、改善案があれば、どのようなテーマにも手を出すことできるようにしなければならない。
ある患者が次の3つを患っているとき、「どれか1つを選んで治療して他を放置する」という行動はとらない筈である。
一つだけ選んで他を長期にわたって放置するのは、日常管理としてあり得ない話である。
多数の活動テーマに手を付けて、その実績の中から発表に適するものを一つ選定するのが正しい。
終了テーマ | 発表の価値 | 順 |
---|---|---|
1.設備配置の更新 | 情報収集を怠るな | 4 |
2.医療器材の集配の効率化 | 情報の交換が決め手 | 3 |
3.洗浄液の在庫の削減 | 5Sの重要さ | 5 |
4.医療器材の損傷の点検 | 小欠陥を見逃すな | 2 |
5.医療器材の洗浄の短縮 | ◎日常業務に疑問を抱け | 1 |
本件のように1個の活動テーマしかないと、それを発表する以外になく 発表テーマの在庫 がない。すると、その活動テーマで成果がないときは「成果が出ませんでした」と発表することになるが、それは恥だからウソ話を作る以外になくなる。
発表会の目的は「相互啓蒙」である。従って、「発表テーマ」は過去の複数のテーマから次のようなものを一つ選定すべきだ。
「選定の理由」では、「どこが勉強になったか」「どこが参考になるか」「何に困っているか」などを簡単に示すべきである(その個所を説明するときに詳細を説明すればよい)。
原文を分かりやすく編集した。
現状の把握
1. 以前は各部署で器材を一次洗浄し、その後に私達の職場で一括して二次洗浄を行っていた。
- 一次洗浄:器材に付着した汚れを初期段階で処理する。
- 二次洗浄:一次洗浄で残留した微細な汚れを減らす。
2. その後、一次洗浄を含めて私達の職場で一括処理することになった。しかし、従来通りに一次と二次を行うため、私達が扱う洗浄器材・回数・時間が一挙に増加することになった。
清浄度 は、二次洗浄まで行って清浄度80~90%と良好であった。
洗浄時間 は、月曜日から金曜日の平均で2時間36分かかり、午前中は洗浄業務に追われて多忙に過ぎる現状であった。
内容を要約すると、次の通りである。
1. 清浄度は、80~90%で良好であり、これは改善の必要がない。 2. 「改善すべき特性」は洗浄時間である。1日平均で2時間36分かかり、午前中は洗浄業務に追われて多忙に過ぎる。 3. WD洗浄とUS洗浄の2度の洗浄を1度に出来ないか、疑問を感じていた。 従って、以下は、「WD洗浄だけで済ませる」ための洗浄実験を行い、条件を決め、時間短縮の効果を確認するだけである。 |
「条件を変えればWD洗浄だけで済ませることができるのではないか?」と、問題点を把握している。
(1) WD洗浄とUS洗浄の「別々の洗浄時間」が把握されていない。そのため、US洗浄を廃止すればどれだけ時間短縮になりそうだという推定ができない。
(2) 現状のWD洗浄の条件を隠している。なぜなら、これに触れると「最初からWDの条件をいじることしか頭にない」ことが露見するからである。
(3) 月曜日だけ、特別に洗浄時間が長いのに、その原因が説明されていない。おそらく、土曜と日曜の分も月曜に洗浄するからだと推定されるが、このようなデータの異常値はデータからしなければならない。
(4) 「洗浄時間が1日平均で2時間36分かかり」と、平均値で把握している。正しくは、平均値とバラツキの両方が必要である。バラツキが不明だと、改善効果の判定ができないからである(バラツキを超えた分が効果である)。
(5) 以上から、月曜日を除いた火曜日から金曜日までの4日分のデータを数回測定してバラツキを示さねばならない。それには、棒グラフではなく時系列折れ線グラフが適切である(→ 後で示す)。
QCサークル(小集団)活動は、目標を立てないで、手段が尽きるまでCAPDを繰り返して小改善を積み重ねる活動である。
言い換えれば、大きな目標を立てて一発勝負で目標を達成するような活動ではない。
こういう観点から発表を吟味してみよう。
目標の設定:
効率的かつ質の高い洗浄方法を確立するため「ウォッシャー・ディスインフェクター(WD)のみの洗浄で器械の汚れ落ちを清浄度80%にする」・平成22年度(昨年度)の清浄度テスト平均
WD+US(超音波洗浄)で洗浄して平均で80%であった。滅菌による熱変性で固着した通常洗浄で落ちきれない汚れがあるため、昨年度の WD+US の清浄度テスト平均値を踏まえ、この目標を設定し活動した。
日常管理の小改善は、CAPDサイクルを手段が尽きるまで繰り返す活動であって、「一発勝負で目標を達成する活動」ではない。従って、目標は不要であり、(事前に実験データでも入手していない限り)設定することも不可能である。
日科技連も、InSourceという病院TQMの指導サイトも、具体的な手段がない状態での「カンによる目標設定」をするよう誤った指導をしている。
〔参照〕→ 反論(6)
〔参照〕→ 第2章 目標の設定
下の図は、発表に使われた特性要因図である。文字が小さくて読めないが、ここでは「要因が多数列挙された特性要因図」だと分かれば十分である。
これは、発表の体裁作りの目的で作った見せかけの特性要因図(ウソ話)である。
最初から洗浄液のアルカリ濃度だけを色々変えて最適条件を決めることしか考えていないのだから、「疑わしい要因」はアルカリ濃度1個である。
「特性要因図には70個~80個ほどの要因を列挙しなければならない」という誤った指導を受けた結果、そのように捏造したと推測される。
従って、偽りなく、しかも正しく特性要因図を作るなら、次のようになる(疑わしい要因は、アルカリ濃度だけである)。
列挙した要因が1個だけの特性要因図で、恥じることは何もなく、むしろ正しい。
なぜなら、現在のところ疑わしい要因 はこの一つだけであり、これに対策を打って効果が不十分なら他の要因に触れる必要がないからである。
逆にいうと、第1弾が「洗浄液のアルカリ濃度」で、その活動が終了したら第2弾として何を追究すべきか、それを検討した形跡すら見当たらないのが本件の問題点なのである。
「もう少し良くならないか?」という問題意識・追究心を欠いている。
対策を研究するために、次のような実験をしている。
WD の条件を次のように設定して実験をした結果、「アルカリ濃度=0.7%、洗浄時間=10分」を採用することにした。
- アルカリ濃度=0.6%、洗浄時間=7分
→ 不合格- アルカリ濃度=0.7%、洗浄時間=10分
→ 合格
(1) 従来の条件がどうだったのか、分からない。確認→ 現状の把握
「従来の条件」を示さないのは、なぜか?
「新たな条件」を実験で求めたフリをしているが、実はアルカリ濃度も洗浄時間も従来通りなのではないか?
つまり、何しないで、単に二次洗浄USを廃止しただけなのではないか?
(2) もし、真実に実験をするなら、濃度の変化の巾とデータ数が不足である。もっと幅を広げ、濃度間隔を狭くして多数の実験を行い、最適条件を求めるべきである。たったの2つの条件を比較するだけ~というのはおかしい。
下に示すようなグラフに表すのも一つの方法である。
(3) 洗浄液の温度は検討の対象にならないか、説明を要する。普通は高温の方が洗浄が進むからである。
次のグラフに示すように、対策前(青)と対策後(赤)を比べて、効果があったと説明した。
横軸は、洗浄中の時刻を示す。
清浄度テスト平均=80% をクリヤした。
上の棒グラフで効果を判断するのは、次のような問題がある。
昨年度の清浄度テスト平均=80%であったことを根拠に、平均清浄度=80%を合否の基準とすることはできない。
理由1:
清浄度が非常に悪い時と非常に良い時があって、平均が80%だというなら合格にできない。つまり、平均値ではなく「最悪でも何%」を調べる必要がある。
理由2:
合否の判断は、昨年度との比較ではなく、法令や学会の基準に照らして問題がないことを立証しなければならない。
理由3:
QCサークルは自主的(他から干渉を受けない)活動ではなく、上司の指揮に従わねばならい。従って、洗浄条件の変更について院長などの責任者の許可を必要とする。
〔参照〕→ トヨタ堤工場事件
なるほど、どの日も洗浄時間が短縮されている。しかし、その効果は、対策による効果とは言えない。なぜなら、対策を講じた週は何らかの原因で患者数が少なかったのかも知れないからである。他にもバラツキの要因があるかもしれない。
従って、患者数(特に、外科の患者)との関連で、改善効果を示さねばならい。さらに、他の要因を考慮して、対策前と対策後を交互に数回行ったグラフを示す必要がある。
正しい活動とするために改めるべき点を整理しよう。
1. 小集団活動は、目標を設定して達成する「一発勝負の大改善」と違って、目標を設定しないでCAPDサイクルを重ね、「もう少し良くならないか」と小さな改善を積み重ねる小改善である。
ところが誤った指導を受けて、「QCストーリーに従って目標を設定し、達成して終わり」という一発勝負の活動を発表する事例がほとんどである。
「一発勝負の大改善」ではないから、1つの対策を打って効果が出ても、それで終わりということはない。「もう少し良くならないか」と、次の活動に繋げなければならない。
本件で、なぜ、第2弾がないか?
それは、特性要因図を見せかけの目的で作成したからである。
「洗浄時間を短縮する要因は、洗浄液のアルカリ度以外にないのか?」と、本当の特性要因図を作成すれば、いろいろと手段はあったと思われる。
例えば、器材を「汚染の程度」、または、「洗浄のし易さ」の違い等で分別すれば、さらに洗浄時間を短縮できたかも知れない。
なぜなら、これら雑多の器材を混合して洗浄すると、最も時間のかかる条件を選ばなければならないが、器材を分けると、それぞれに必要な時間で済むからである。
また、洗浄液を高温にすれば、さらに時間を短縮できたかも知れない。
このように対策を積み重ねれば、次の時系列図のようにCAPDが続くことになる。
洗浄度の平均値ではなく、最悪値に着目しなければならない。
次の行為について、院長などの責任者の承認を得なければならない。
この活動事例を正しく発表するなら、どのような発表になるか?
発表テーマの名称は、次の通りです。
私達は、病院内の各部署から回収した使用済み器材を次の2段階に分けて洗浄している。
このうち前者の洗浄液のアルカリ濃度を最適化することによって洗浄時間を短縮し、かつ洗浄力のを強化して後者の洗浄を省略できないか、これがこのテーマの内容です。
発表テーマ選定理由(=参考になる点、学んだ点)は次の通りです。
〔注〕 選定理由だから「複数の中から選んだ理由」である。しかし、求めているのは「どういう点で参考になるのか、何を学んだか」であって、「他にどんなテーマがあるか?」ではない。従って、他のテーマを示すことは必ずしも必要ない。
下のグラフは、火曜日~金曜日の2回分のデータを示す。月曜日は土日の分をまとめて洗浄するので、データから除外した。
WDの洗浄条件:
・洗浄液のアルカリ濃度:0.6%
・1回の洗浄時間:10分
このグラフから分かること:
・一次洗浄時間WD、二次洗浄時間USのいずれも、日によるバラツキが小さく、改善効果の判定が容易である。
・二次洗浄時間USは1日につき約20分であり、これを省略するだけでは大きな時間短縮にはなない。
・従って、一時洗浄時間の短縮が重要と思われる。
疑問点
普段の仕事の中で、次の疑問を抱いた。
洗浄をWDとUSの2段階にする必要性はあるのか? WD洗浄液のアルカリ濃度は最適濃度になっているか? アルカリ濃度を最適化すれば、二次洗浄USを省略できるのではないか?
すなわち、疑わしい要因は、一次洗浄WDの洗浄液の「アルカリ濃度」のみである。これを最適化すれば(要求される清浄度が決まっているので)、一次洗浄時間も自動的に決まり、全体としての洗浄時間も決まるからである。
アルカリ濃度の最適化
WDの洗浄液の最適アルカリ度を求めるために17回の実験をして、次のグラフを得た。
この図表が意味すること:
結局、次の二つの対策を実施することになった。
対策案を実施して、次の結果を得た。
この図表が意味すること:
◆ 一次洗浄時間(WD)
1日につき、約15分の短縮が認められた。
■ 二次洗浄(US)の廃止によって清浄度〇 は変わらなかった。
▲ 洗浄時間の合計
1日につき、約35分の短縮が認められた。
洗浄工程をQC工程表にまとめて、院長の承認を得た。
今後、さらに次の改善を進めようと考え、特性要因図に2個の疑わしい要因を追加した。
今後取り組むサイクル:
私共は、今後も日常業務の中で「もう少し何とかならないか」を繰り返して行こうと考えています。
以上で発表の終わりと致します。