「QC七つ道具」の個々の手法は、それぞれ特徴があって、使い勝手が異なる。
「QC七つ道具」の便利な使い方を事例を通じて見直し、有効利用のための正しい基礎知識を探求しよう。
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八つあるのに七つ道具とは、これいかに。 |
QC七つ道具は、品質管理で最初に学習する内容の一つであり、次の8個の手法を指す。
「7個なのか8個なのか、はっきりせい!」と迫られると、やはり答えねばなるまい。QC七つ道具に共通する特徴は、データを図に示して、データの意味を可視化する手法である。
ところが、6番目にある層別というのは、データを男女別に分けるとか年齢別に分けるとか、データ処理の仕方であって、他と少し性格が異なる。
より具体的にいうと、データを層別すると、潜んでいた情報が浮かび上がる。その浮かび上がる情報を可視化する手法が他の7つなのだ。
例えば、次のような例を考える。
同じ機械が2台あって、1号機で作った製品が10個、2号機で作った製品が10個ある。合計20個の重さのデータを号機で分けてみた。これが層別である。
次に、層別したそれぞれの10個の合計値を2本の棒グラフに表した。これが可視化である。すると、1号機の方が10%ほど重量が多いことが目で分かる。
さらに、これは偶然のバラツキなのか、それとも1号機と2号機とで本当に差があるのか、時系列折れ線グラフに表したところ本当に差があることが分かり、材料を節約できることが分かる。
データが持つ意味を引き出す解析手法が層別であり、その層別の結果を可視化す手法がQC七つ道具である。
つまり正確には、層別+「QC七つ道具」=8個である。
1時間でQC七つ道具が使えるようにして欲しい、との社長の要望 |
ある会社からの依頼で、若い幹部社員を一堂に集めて、QC七つ道具のお話をすることになった。講習時間は1時間とのことであった。
1時間ということなので、QC七つ道具がいかに有効な分析手法であるか、具体例を挙げて説明しようと思った。
そこで筆者は、一見バラバラなデータを層別して可視化すれば、こういう情報も得られるし、ああいう情報も得られると、事例を示して得意満面で話し始めて15分、突然受講者の中にいた社長が怒り出した。
社長「そんな話をされても、QC七つ道具を使えるようにならない。使えなければ意味がないじゃないか。」 筆者「あのぉ、社長さんね、QC七つ道具を使えるようになるには数年かかりますよ。」 社長「世間じゃ、入社したばかりの作業者や女子事務員が使っているよ。」 筆者「あれは使ったふりをしているだけです。」 社長「とにかく、これでは教育にならないから、お引き取り願いたい。」 筆者「はい、分かりました。そんなに簡単だというなら、社長さんご自身が指導されてはどうですか?」 |
~という具合に、喧嘩別れになったことがある。
とにかく特性要因図さえ作れば、何とかなる小集団活動 |
筆者は、入社したばかりの作業者や女子事務員が小集団活動で正しくQC七つ道具を使った事例は1度もみたことがない。全て、使ったふりのウソ話であった。
小集団活動発表会が盛んに開かれた1990年ごろ、パレ―ト図を描いて、特性要因図に要因を多数列挙すれば、それでQC七つ道具を使ったとみなされた。逆をいえば、QC七つ道具はウソ話の道具であった。
作って何が分かったか、説明せよ。 |
筆者が現役のころ、社内の小集団活動を指導したときの話である。サークルリーダーが、「グラフを作ったら、こうなった。」と言った。そこで筆者が、「だから、どうなの?」と質問したところ、答えられない。
後日うわさで聞いたところによると、そのリーダーは、「だからどうなの、はないだろうよ。あんな失礼な言い方は、聞いたことがない」と、ぷんぷん怒っていたそうだ。
筆者の質問の意味が分からないから、言いがかりだと思ったらしい。
前述のように、グラフはデータが持つ意味を可視化したもの。だから、可視化されたデータの意味を説明しなければならない。
ただ「作ったら、こうなった」というのではデータの意味を説明したことにならないし、QC手法を使ったことにもならない。
オマケにもう一つ。これも小集団活動発表会での出来事。あるサークルが、「例年のクレームはこうだったが、この活動の結果、今年はゼロになりました。」と言いながら、外観不良の年間クレーム件数の時系列の棒グラフを示した。
そこで筆者は尋ねた。
「ゼロになったことは、グラフがなくても分かる。何の目的でグラフを作ったか?」
発表者はしばらく時間を置いて、こう説明した。「あのぅ、QC手法を使うように指導されましたけど。」
要するに、QC手法を使っていないという批判を避けることが目的だった。これも、使ったことにはならない。
QC七つ道具の書物は、良いことばかり書いた商品カタログ。だが、QC七つ道具は、どれも欠陥商品だ。 |
QC七つ道具を使いこなすには数年かかるとは、どういう意味か?
その意味を知るのに、数年かかるのだ。例えば、管理図。勉強しているうちは、「3σを管理限界線にして、平均値や分布の異常を監視する、なるほど」と思うのだが、実施してみると問題があることが分かってくる。
その問題点なるものは、管理図を考案したW. A. シューハートも気が付いていなかった。一例を説明すると、管理図に異常が現れたとする。
「さあ、大変だ」と技術陣が右往左往しても原因が見つからない。翌日にはその異常が治まってしまい、原因を探す手掛かりがなくなる。すると、管理図の処置欄に、「原因不明」と書くしかない。
これが度々だと、お偉方や取引先が現場に見えたときに、「何だ? 全て原因不明ではないか」と思われそうだ。
そこで、原因のデッチ上げが始まる。あることないこと、体裁のよい飾りを作る職人が現場に育ってくる。すると、管理図などというものは結局のところ実用性のない飾り物だと分かってくる。
特性要因図もしかり。作っても役に立たず、体裁上の目的で作る。職場の壁に管理図がずらりと10個以上も掲示され、こうして全社ぐるみの「デッチ上げ運動」に発展してしまう。
だが、中にはQC七つ道具が役立つ場合もある。
こんなことを繰り返している間に、10年過ぎてしまう。だが、使いこなせるようになれば大変に助かること請け合いだ。さぁ、頑張って行こうではないか!