1.FMEAの考え方
FMEAの意味や目的を解説しよう。
1-1.FMEAとは
「FMEA」とは、システム(製品・サービス・工程) に起こりうる故障モードとその影響を明らかにし、適切な対策が講じられたかどうか、一定のフォーマットに従って信頼性設計の合否を判定する手法・活動をいう。 対象となるシステムによって設計FMEA、工程FMEA、医療FMEAと呼ぶ。
上の定義は理解しやすい「やさしい定義」である。だからといって不正確ということではない。むしろ、最も正確な定義である。
ここに、 「故障モード」とは、構造の破壊をいう(詳細→8.故障モード )。 「故障」とは、機能の障害をいう。 「影響」とは、故障モードに伴う故障、負傷、死亡、火災、財産の喪失等の被害をいう。
1-2.JISの定義
JIS Z 8115に、次のような FMEA の定義規定がある。しかし、理論上、妥当でない点がある。
〔JISの定義〕 設計の不完全 や潜在的な欠陥 を見出すために構成要素の故障モードとその上位アイテムへの影響を解析する手法(z 8115)。
〔問題点〕 上に示した下線の2か所に注目して欲しい。
⑴設計の不完全
設計の不完全には、大別して次の二つがある。
機能の不完全
構造の不完全
機能の不完全は、次のような欠陥である。
外観デザインの欠陥
機能の欠陥
保全の困難
コスト高
操作性の欠陥
振動、騒音
例えば、ブレーキが甘い自動車を想定しよう。 新品でしかも製造不良品でないのにブレーキが甘いなら、設計段階の機能の不完全であってFMEAとは無関係である。しかし、新品のときはブレーキがよく効いたが、使い始めて間もなく甘くなったら故障であって、ブレーキ・シューの摩耗やその他何らかの構造破壊の問題だからFMEAで扱う。
FMEAは一貫して構造の壊れやすさを検討の対象とする手法・活動であって、JISの定義は範囲が広すぎる。
⑵潜在的な欠陥
JISの定義にある「潜在的な欠陥」は、英語の "potential failure" の誤訳だと思われる。"potential" は「起こりうる」、また "failure" は「破壊」と翻訳して、「起こりうる破壊」と翻訳するのが妥当である。これは、起きないことが分っている故障モードは検討しなくてよい、という意味である。
1-3.FMEAの目的
何のためにFMEAを行うのか、その目的を意識しないと無駄な活動で終わることになる。
⑴組織的活動
FMEAは、前述の通り、設計が信頼性の点で合格かどうか判定する手法・活動である。
いま、ここに製品設計があるとする。寿命試験や最悪条件試験、それに安全性試験を十分に行った。従って、信頼性は十分に獲得できたはずである。では、FMEAを実施する必要はないだろうか?
「信頼性試験や安全性試験を十分に行った」というのは担当者がそう思っているだけであり、どのような試験をしたのか、合格と判定した根拠は何か、担当者が転勤・退職した後は誰も知らない事態になり、追跡できなくなる。 これでは組織的な活動とは言えない。
そこで、以上の点を明らかにしたFMEA表を作成して、信頼性の根拠を客観的な書類として残す必要がある。
⑵重点管理説
FMEAは、重点管理のために行う~とする説(相対評価法)があるが誤りである。
FMEA は対策すべき対象を絞るために用いる。
要因を多数挙げて全て対策を講じるなら採点は不要。挙げた要因の全てに対策を取ればよく、FMEA は必要ない。限られたリソース(時間、お金など)の中で問題解決の最大の効果を得るには、優先付けをすることが必要である。
なるほど、素人が設計すれば機能は不完全だし信頼性も無数の欠陥があるに違いなく、重点管理の原理によって優先付けが必要になるかも知れない。しかし、そもそも素人に設計を任せること自体が間違いである。熟練技術者が設計すれば、それなりの機能と信頼性が期待でき、欠陥は極めて少ない。従って、その少数の全ての欠陥に相応の対策を講じることになる。 これが絶対評価法の考え方である。
1-4.FMEAで想定外を減らす
FMEAの本来の役目は、想定外の故障や事故を減らすことにある(同旨:久米均氏)。
⑴起こりうる故障モード
製品は一般に多彩な機能を有し、しかも製品がが異なれば機能も異なり故障も異なる。製品は多種多様であり、故障を予測することは困難である。特に、新製品の故障は予測が極めて困で、想定外の故障や事故がつきまとう。
しかし、機能は多種多様であっても、構造要素(アイテム)は共通が多く、多くの製品が電線、ねじ、はんだ付け、フレーム等の構造要素を持っている。
FMEAでは、真っ先にアイテムごとに起こりうる故障モードを挙げる。熟練技術者にとって、アイテムが分かれば故障モードも決まっており、漏れることは殆どない。
もっとも、設計の初期段階でのFMEAでは、極めて重大な影響をもたらす故障モードだけ挙げればよく、設計終了時までに「起こりうる故障モード」の全ての評価を終えれば十分である。
寿命試験と最悪条件試験を漏らさない限り、試験で発生した故障モードは全て「起こりうる故障もード」として評価することができる。また、過去の同種の類似製品に起きた故障モードも起こりうる故障モードとして評価する。
個別評価の段階では、故障モードごとに、現在の設計(対策状況)で十分かどうか、次の3つの点を問う。
影響度a:起きたときの影響の緩和策は十分か?
頻度b :起きないための対策は十分か?
検知度c:大事に至る前に検知できるか? → 検知度の注釈
従って、「思いついたら検討する」という要素を極力なくした検討方法なのである。
⑵特別に重要な故障モード
しかしながら、「想定外の事故を減らす」というFMEAの本来の目的に照らせば、起きた事例のない、起きないと判断される故障モードであっても「もし、起きたら大変なことになる故障モード」については、特別な扱いが必要である。
〔例1〕 JR新幹線の重大インシデントして発生した「台車のクラック」のような故障モードは、過去に、あるいは走行試験で起きた事例があるかどうかを問わず、また起きる心配がない場合でも、万一起きた場合のことを考えて、起こりうる故障モードとして扱うのが望ましい。
〔例2〕 東日本大震災による福島第一原発事故では、3mを超える津波は来ないものと判断したため、想定外の被害に見舞われた。解説 → 東日本大震災の事例
〔注1〕 特別に重要な故障モードについての評価方法として、FMECA を適用する。
〔注2〕 自動車産業向けの "ISO/TS16949" 規格に対応するには、この 「特別に重要な故障モード」 を優先的に評価しなければならない。
⑶故障モードに着目
「故障」よりも「故障モード」を問題にする方が優れている点は、次の通りである(同旨:久米均氏)
製品の種類によって機能は多様であり、従って故障も多岐にわたるため、故障の予測が難しい。特に、新製品の故障予測は極めて難しく、想定外の故障が起きる。
多種多様の製品も共通の構造 を持つ(例:多くの製品に、ねじ、歯車、ハンダ、接点等を使う)。従って「起こりうる故障モード」を拾い上げるのに手間をとらず、見逃しも少ないことを物語る。
故障から破壊を連想すると(トップダウンになるから)漏れを生じやすいが、逆に破壊から故障を推測すると(ボトムアッになるから)漏れが生じにくい 。
⑷ボトムアップ
自動車のエンジンが掛からないという1個の故障について、考えられる構造破壊は多数ある。バッテリーが空、電線が遮断、シリンダーロッドの折れ、ガソリンなし、スパークプラグの損耗~等。このように、故障から構造破壊を推測する手順をトップダウンと言い、その逆がボトムアップである。
上の図で両者を比較すれば、右のボトムアップの方が漏れが少ないことが分かる(→さらに下の図を参照)。
上の図で、下部に示した a, b, c,.... が故障モードである。
例えば、~
a が起きれば → 最上位の故障が起きる。
c が起きれば → 中間の故障 → 最上位の故障に至る。
e が起きれば → 最下位の故障 → 中間の故障 → 最上位の故障に至る。
このように、先に故障モードを特定して「この故障モードが起きたらどんなことが起きるか」と追跡すれば、漏れが起きにくいといえる。
部品(アイテム)は全部分かっている。
壊れ方(故障モード)も分かっている。
「起こりうる故障モード」を特定できれば、その原因と影響を推測できる。
それらを推測できれば、対策を検討することができる。
〔注〕
1.上の説明だと「起こりえる故障モード」は全てもれなく思いつくように読めるが、神仏でない限り見逃しはあり得る。ただ、トップダウンよりは遥かに見逃しは少ないと言える。
2.FMEAをやれば何の知識も努力もなしに設計の欠陥が見つかるのではない。FMEAは、設計者や協力者が能力を発揮する場(機会)を与えるだけである。
⑸能力発揮の機会
FMEAが設計者に能力を発揮する機会を与えることを示す例を示そう。
・二重マット事件
自動車の使用者がアクセルやブレーキの下に本来のマットの上に小さなマットを追加して、「二重マット」とする場合がある。本来のマットが土や砂で汚れると清掃が大変なので、簡単に清掃できる小さなマットで代用するのである。自動車の設計について素人である筆者らは、若い頃、「自身で少し実験した上で危険なし」と考えて実施した。 しかし、専門家である設計陣や設計審査チームが、以下のようだと困るのである。
ユーザーが「二重マット」をするのを知らない。
「二重マット」に危険が潜むのを知らない。
「二重マット」や「マット外れ」がなければ事故にはならないと主張する。
ユーザーが頻繁に行う「二重マット」は、単に責任逃れのために取説で禁止するだけでなく、実施してもブレーキやアクセルの機能を阻害せぬよう工夫して欲しいものである。
FMEAをしっかり行えば、「二重マット」や「マット外れ」が検討の対象として登場し、設計者が検討する機会を得る。さらに設計審査でFMEAを見直して検討を深めることができる。 「二重マット」や「マット外れ」があっても事故にはならない構造が求められる。
・新幹線トイレのドア事件
気圧の変化が故障モードの場合: 新幹線の操業開始当時、トンネルに入るとトイレのドアが開かなくなる事故が頻発した。 トンネルを高速で走ると「ベルヌーイの定理」によって車内の気圧が下がり、機密に作ったトイレの内外に気圧差の故障モードが生じることによる。この故障モードは「環境の故障モード」を意識的して挙げないと見逃しやすい。