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[改善活動の手順に関する考察 (1) ]

タイトル 改善活動の手順に関する考察 (1)──目標概念、および設定手順
著者: 鵜沼崇郎(単独)
学会名: 日本品質管理学会 第33回年次大会 研究発表1-1
場所: 名古屋工業大学
日時: 2003年11月08日

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 ここに掲げたのは、一般に使われている問題解決型QCストーリーである。
 ここに、目標の設定というステップがあるが、目標の意味、設定の可否、設定の手順などが問題となる。
 以下、どのような問題があるか、見て行くものとする。
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 小集団活動では「挑戦心が高いほど、目標値も高くなる」と教えられ、根拠となるデータがないままに体裁のために高く設定する傾向がある。
 体裁を基準にして目標を設定する以上、結果の発表も体裁を基準とするのは自然な成り行きである。即ち、目標の設定がデータねつ造や虚偽発表の要因になる。
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 方針管理で見ると、目標はノルマであって、方針の展開とすり合わせは「ノルマの押し付け活動」 に他ならない。
 トップが方策を示すというが、そこに示される 「方策」なるものは、何をしたらよいか不明なのもので、実は方策ではなく方策のカテゴリー(種類)である。
 人材、時間、技術力などの経営資源が十分でないところに夢のような目標を押し付けても、所詮ゆきつくところは体裁を重視した虚偽報告である。
 一見して順調なように体裁を繕うから、体質強化の必要性がかすれてしまう。
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 目標管理で見ると、目標はノルマになる。すなわち人事考課において、各人に目標を設定させ、その目標の達成率で成績を評価しようとするものである。
 しかし、挑戦の約束をしただけなのに、実現の約束 をしたものとして評価するから、全く無謀な人事考課という他はない。
 これだと全員が低い目標しか設定せず、挑戦心が低いものとなって行く。
 以上のように、目標概念、設定の目的、及び設定手順を見直す必要がある。
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 従来の目標は、「不良ゼロ」、「不良半減」などとデータなしに恣意的に設定され、結果は当てにならず、達成することが最善なのかどうかも不明であった。そのため、目標の設定が無意味となり形骸化する傾向にある。
 改善目標に2種類あると考えられる。 ▲

1つは、挑戦の対象を恣意的に定めた主観説の目標で、従来の通説である(俗に、努力目標)。

もう1つは本研究が提唱するもので、達成の対象をデータで定めたものである。

 前者は「挑戦はするが、実現するとは限らない」というもので、後者は「実現性と最善性をデータで保証する」というものである。  
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 以下、主観説は赤、客観説は緑で示す。
 主観説では、「不良ゼロにしたい、半減にしたい」などのニーズを目標にする。この意味の目標は、通常、object と呼ぶ(ライトハウス和英辞典、研究社)。
 具体策は不明で、対策があるかどうかすら不明。 この意味で抽象的である。また、目標をデータに準拠せず、恣意的・主観的に決める立場という意味で、主観説と呼ぶことにする。
  以下、主観説について、理論の誤り無益さ、および弊害を見て行こう。
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 主観的な目標概念を把握するには、

・何を目標に設定するか(目標の内容)

・どんな手順で設定するか(目標の根拠)

・何故に目標に設定するのか(目標の機能)


という面からアプローチする必要がある。そして、一口に主観説と言っても細部になるといろいろな説があることに気付く。

 次のスライドで、主観説の主な説について批判する。

・目標の内容。「あるべき姿を目標に」(あるべき姿説)、「可能性の少し上」(可能性僅上説)、「上位方針に整合」などが代表的な主観説である。

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 ・目標の根拠。いずれもデータによらない恣意的な決断。上位方針整合説は、「上司の目標はどう定まるか」という問題にすり替わるに過ぎない。

 ・目標の機能。挑戦の対象を明確にするために目標を設定する、という。しかしニーズに挑戦するのだからニーズと呼べば済み、敢えて目標と呼び変える必要がない。

 また、主観説の目標は達成の対象ではないから、達成度の基準とするのは前提と矛盾する。かかる理論的欠陥の故に、恣意的で当てにならず、最善性に欠ける。

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 主観説の目標は根拠がなくてよく、しかも目標が高いほど挑戦心も高いとされている。すると、会社中が「絵に描いた餅」で飾られることになる。
 また、目標に体裁が入るなら結果に体裁を入れないのは難しく、データ捏造の傾向は避けられない。主観説では、この虚偽報告の仕組みが内在する点に顕著な問題がある。
 さらに最近の社会的傾向として、発表した目標を達成しないと信用を失う。また、人事管理の分野で目標管理の破綻が報じられている。これは、「主観説の目標は達成の対象ではない」という前提を忘れて目標達成率を持ち出す誤りによる。
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 客観説の第1の特徴は、特定のレベルではなく全てのレベルへの挑戦を考えて網羅的に手段を立案し、その中の最善を選ぶことである。
 手段A、B、C~等を立案し、投資額、効果、騒音等の副作用など、全てを定量化してトレード・オフする。このようにして定めた目標(通常、objective という)は、手段が実存するという意味で具体的であり、データに基づくという意味で客観的である。
 大改善では、大金を投じた後で「別の対策の方がよかった」という事態を防ぐためにこの手順が不可欠である。主観説の目標を設定しても全く無意味である。
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 客観説の第2の特徴は、大改善と小改善を明確に区別して扱う点である。
 主観説は、「どんなテーマにも目標を設定し、改善したら目標達成率を計算せよ」と考えるが、客観説は全く違う。
 大改善は、大金を投ずる故に見返りの保証と最善の保証のために目標を設定すると考える。QCサークルのような小改善では目標の設定も達成率の計算も要らない。
 小改善は極めて簡素な手順で頻繁に管理サイクルを回す活動であり、反対に、大改善一発勝負であるため、は厳格な手順を要する代わりに管理サイクルの適用がない(あっても長期の管理サイクルで対応する)活動であることが分かる。
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 客観説の第3の特徴は、反省事項である。
 企画段階でニーズを明らかにする(主観説が目標と呼ぶものに相当)。検討の結果、「低い目標しか立たない」場合で、しかも、それが深刻な事態である場合は、経営資源(人材など)とその使い方に関する経営者の反省事項である。
 一方、高い目標になったときでも、実績との差が大きいときは(調査に手抜かりがあった点で)担当者の反省事項である。従来なら、ニーズを満たす実績であれば問題にならないが、客観説では反省の対象になる。
 客観説では、従来なら他人ごとのように考えていた事項が反省事項として浮き彫りになる。そしてこのことが飛躍的な進歩に導く原動力になるのである。
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 客観説の第4の特徴は、目標データの使い道である。蓋然性が高いので、いろいろな用途に利用される。
 特に方針管理の手順研究において、このデータをどう利用するかが大きな研究課題になる。すなわち、方針管理は大改善を扱うことが多く、投資と効果が明らかでなければ、単に方策を展開しても実施できない。
 本年度方針が出てから検討に着手したのでは、画期的な改善をするのに網羅的考案・定量化・trade-off といった手順を踏むには時間が不足する。
 そこで、この目標データの利用が決定的な勝負手を与えることになる。
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 最後に、以上のような主観説と客観説の目標に対して、ISO 9000 がどのような態度を示しているか、観察してみる。
 ISO 9000 3.2.5:"something sought,or aimed for" と定義し、seek する目標と aim for する目標を区別する。前者(seek)は主観説の目標、後者(aim for)は客観説の目標を意味し、その選択を取引の当事者に委ねたものと解される。
 ただ、JIS Q 9000 の翻訳文は、"or" に相当する「又は」を欠いており、誤訳と考えられる。
 以上で、今回の発表を終わりと致します。他にも見直すべき点が多く、大改善・小改善のQCストーリー、引いては方針管理の手順の見直しへと検討を進める予定である。
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■参考文献
主観説の著書は多数あるが、例えば次のものがある。
  • 鉄健司編、「QC入門講座1,2」、日本規格協会
  • 細谷克也著、「問題解決法」、日科技連
  • 谷津進著、「品質管理の実際」、日経文庫
  • 根本正夫著、「TQC成功の秘訣」、日科技連
  • 飯塚悦功監修、長田洋編著、「TQM時代の戦略的方針管理」、日科技連
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