清洲城、小牧城のあと、2008-11-30 に待望の岐阜城を訪れた。
もともと美濃の守護土岐氏の家臣:斉藤氏の居城であったものを「油売りの行商人」であった長井道三が斉藤の性も城も奪い取って斉藤道三として居座った稲葉山城であり、その後信長が改築して岐阜城と改名し、天下布武を唱えて1567年に全国制覇に乗り出して本拠地である。
その後、安土城に移るまでの10年の間に、姉川、石山本願寺、比叡山焼き討ち、三方が原、足利義明の追放、一乗谷、伊勢一向一揆、長篠、越前一向一揆~など、有名な合戦が行われた。

岐阜駅(2008-11-30)

駅からバスで「岐阜公園歴史博物館」へ

これが岐阜公園の入口

入るとすぐに右手に歴史博物館

信長直筆と証明できる唯一の文書

少し行くと公園の噴水

すぐ脇に織田信長居館跡。入ってみようか。

信長が道三の嫡子(斉藤義龍)の稲葉山城を攻め落として焼けた~

その当時の炭の地層があり、その上に信長時代の地層が乗っている。

石段を登っていくと乙な橋があって、

その脇で遺跡の発掘が続いている。信長ですら発掘が完了した訳ではないとは驚きだ。

庭園は実に美しい。

あの血なまぐさい激情の信長にも、

こんな優美な庭園を楽しむ心が

あったのだろうか?

と、納得しがたい程である。

ロープウエイで金華山に登ろう。

次第に展望が開けて行く。

で、そこに城があると思ったら、とんでもない。

そこからが大変。登って登って登って、難攻不落だ。

あれ! どこかで見たおっさんだな。

やっと着いたらしい。

城に入る前に、付近を見ると、

優美な公園があちこちに。しかも、平らでなく、えらく落差がある。

これらは配下の武将の詰所があった場所だそうな。

城からの展望。うわ~っ!

なんとも、岐阜は大きな都市だわ。

ほほう、信長愛好の望遠鏡と地球儀か。

この距離でみると、現在の地図と同じようだが、

よく見ると、九州、朝鮮半島、北海道などが変だ。

ロープウエイ搭乗口付近にあるリス村。台湾リスだな。

リスは鳴かないと思っていたが、見た目の愛らしさに反して「ケッケッケッケ」とけたたましい。シマリスも同様だろうか?

岐阜駅よ、さらば。